秒速で億り人に?最近きている”DL同人”って!? 作家と編集者に聞いてみた!

インタビュー/虎硬(ネット絵学)
出版社不況が続き、雑誌や単行本の発行部数減少が。そんな中、注目されるのは在庫を抱えない電子書籍や個人でも制作できる同人誌。中でも、印刷をしないダウンロード販売の同人誌は作者が販売から流通まで個人で管理が可能です。
そんな背景から特に売上を伸ばしているのは「成年向け同人誌」。販売サイトでは売上がランキングで可視化されており、トップクリエイターにもなると何億円も稼ぐことも。
今回はそんなエロ同人業界の最前線に注目し、実際に大きな利益を出したマンガ家と出版社歴10年の編集者を交えてそれぞれの思いを聞きました。
■脱サラから5年目で年収は5000万円に
── さて、今日はお金の話をひたすら聞いていこうと思ってます。まず簡単に自己紹介をお願いできますか。
なかに:マンガ家のなかにと申します。現在ではオリジナル成年向け同人誌のダウンロード販売を中心に制作してます。最近では3、4ヶ月に1度の頻度でリリースしてます。
プイ:マンガ編集者のプイです。少し前まで大手の成年向けマンガ雑誌の編集長をつとめてました。業界歴は10年くらいなので出版業界中心にお話できるかと思います。
── なかにさんの最新作「昔はカッコよかった2」ものすごい売れ行きですね。販売サイトのFANZAやDLsiteでは売上が見れるのですが、現時点で合計販売数は「1万3000」と出てます。単価750円なのでこれだけでも売上1000万円近くですよね。過去作も売れているとおっしゃっていたので、今年の年収はすごいことになるんじゃないですか?

<昔はカッコよかったシリーズ>
昔はカッコよかったけど今では不登校のお姉ちゃん。姉と弟の少し切ない純愛えっちまんがとなっております。

なかに:おかげさまでご好評いただき、とても感謝しています。もちろん手数料や各種経費を考えるとすべてが手取りになるわけではないですが、年収5000万円を超える勢いで購入いただいています。
プイ:すごすぎる……。
── 出版社の立場からすると年収5,000万円の成年向けマンガ家は珍しいですか?
プイ:もちろん一握りですし、エロの商業出版だけでその水準に届く方はいらっしゃらないと思います。1,000円定価の単行本の印税率10%計算で、50万部相当ですから。
── なかにさんは先日のブログが話題になりましたね。サラリーマン時代からフリーランスになるまでの年収増減など、赤裸々に告白していて驚きました。
なかに:当初は年収まで書くつもりはなかったです(笑)。でも記事の有用性を考えると、 会社を辞めるかもしれない人に向けて書いているので、具体性のある情報の提供が必要だな……と。販売サイトで公開されている情報から誰でも売上を試算できるので公開した方が読み手の手間が少ない優良記事になると判断しました。
プイ:会社員との兼業時代から専業作家への変遷、商業誌での活動、二次創作からオリジナルへの切り替え、イベントへのサークル参加とダウンロード販売など、色々な角度で経験、研究されていて非常にためになる情報が集約されていると感じました。

電子版の同人誌について、オリジナルが強い(売れる)理由は2つあると思います。
①同人作家は二次創作の電子版販売を控える傾向にあり、必然的に購入層自体が縮小されている。
印刷費がかからず赤字になりにくい電子版での二次創作同人誌販売は版権元にお目こぼしを頂けない可能性が紙より高いという風潮があります。(実際のところは版権元の判断です)
②流行りのアニメやコミックなどを知らない層でもオリジナルには興味を持ちやすい。特に電子版の購入者層はその傾向が強い。
アダルトコンテンツ配信元の大手(FANZA)が持つ顧客層は二次創作や同人に興味のない層も多く取り込んでおり(DMMユーザー)、コアなサブカルファンでなくともアダルトコンテンツの延長として、同人ブースにも足を運ぶ(ようにFANZAは導線をうまく繋いでいます)。
▲なかに先生のブログより
── 会社員時代は年収350万円でスタートして3年で600万円までいっているんですね。サラリーマンとしてはかなり優秀なようにも思えますが。
なかに:それは入社したところの給与体系が良かったからですね。システムエンジニアとして勤めていましたが自分の職務能力の割には多く頂けていたと思います。そのせいか、周りに追いつけずに迷惑をかけてしまうこともあり、精神的なストレスはありました。当時から趣味で同人誌を書いており、少しずつ売上は出てきたので、それで生計を立てていこうという考えになりました。
── 制作実績があるとはいえ、実行するのはすごいです。不安はなかったのですか?
なかに:もちろん不安はありました。私自身、安定志向な人間だと考えてます。ただそれ以上に、会社の仕事に対してモチベーションが低く、先々の展望が見えないことに対する恐怖の方が大きかったです。退職に踏み切れた一番の理由はお金ですね。5年間の貯金が1200万円ほどあったのでしばらくは活動できるかなと。それも無くなったら実家に帰ろうくらいの気持ちでした(笑)。
プイ:ご自身の力で活動資金を貯められたのは立派ですね。
■当初はダウンロード数200、年収50万円からの再スタート
── 脱サラして1年半は年収が下がってますが、翌年から持ち直して、2016年にはむしろ年収が会社員時代よりも上がっているのですね。
なかに:そこは本当に良かったです。
── フリーランスとして活動するにあたって、すぐに売れそうな実感はあったのでしょうか?
なかに:いえ、それは全くありませんでした。コミケなどの同人誌即売会にも参加してましたが目立った売上はなかったですね。2014年は年収50万円なので、サラリーマン時代の貯金をくずして生活してます。
── 売上が伸びてくる転機は2016年頃でしょうか。
なかに:はい。2015年にオリジナル作品「妹のおっぱいがまるだしだった話」をダウンロード販売として公開したのですが、当初のダウンロード数は2週間で200程度。750円程度の本なので生きていくには全然足りないですね。まぁこんなもんかなとは思いつつ、同シリーズの制作を続けます。同年に3作品ほど制作して少しずつ応援してくれる方が増えてきました。これが2016年頃になると売上も急に伸びていき、累計2000本ほども購入いただけました。

▲同シリーズは現在6作品、累計で2万部以上売れている
なかに:実は私の方では制作以外特になにもしておらず……想像にはなりますが販売サイトが内外で広告を打ってくれたのだと思います。
プイ:2016年頃というと、オリジナルのエロ同人マンガのダウンロード販売が更に勢いを増して伸びてきた時期になります。元々コミケの大手サークルで二次創作で活躍している作家さんも続々とオリジナルの分野へと踏み入っていった、そんなタイミングでした。
なかに:その年は同人作家で「ダウンロードは稼げるぞ!オリジナルが強いぞ!」と気付く方がとにかく増えましたね。自分もその中の一人です。
プイ:パイの奪い合いが加速してますが、パイ全体も大きくなっています。
なかに:売上ランキングを見ると人気の傾向がわかるし、ダウンロード数も公開されているので、マーケティングという観点では非常に良いヒントになってます。売上が数字でわかるっていうのはすごいですよね。誰でも「この作家がどれだけ儲けているか」を判別できる。即売会や書店販売ではありえないことです。

なかに:ここ2〜3年は参加していませんね。ただ、「マンガを紙で読みたい」という声はあるので印刷して書店に置かせてもらってはいます。マンガを描く立場からいえば、紙か電子かに大きなこだわりはないのですが、個人的に読む側としては電子をよく買いますね。
■完成したら即リリース。絶対に熱を冷まさない
── 最近は同人誌でも電子版と紙版を両方作る方が少しずつ増えているように思います。電子版は在庫が余ることや、逆に不足することがないのは大きなメリットですよね。
なかに:そうですね。もう一つ、制作する上では「スパンが空かない」という点も大きなメリットだと思います。
── 「スパンが空かない」というのは?
なかに:完成後に即リリースできる、という意味です。即売会で紙の同人誌を販売する場合は入稿期限やイベント日が設定されてます。私は印刷費を抑える為にいつも早割で入稿するのですが、そうなると実際のイベントまでに1ヶ月ほどのスパンが空いてしまうのです。この間に本を売れないのは機会損失ともいえるし、作品に対する情熱も冷めてしまいます。
── 多くの同人作家さんに届けたい言葉です……。
なかに:作品はすぐに見てもらいたいし、そのフィードバックをエネルギーに次の作品を描きたいです。ダウンロード版で販売する場合、完成すればすぐ提供できるというのは圧倒的な強みだと思います。熱をもった状態の方がフィードバックを取り込みやすいですし、次の作品に対するモチベーションになりますから。
── なかにさんはダウンロード販売の時に性器修正を依頼されることはないのですか?
なかに:基本的にはありません。私の方で修正は行いますが、それ以上の直しを入れる必要がある場合はプラットフォーム側に消しの追加をしてもらってます。描き手としては作業の手間がかからないので助かりますね。
プイ:たしかに、よく見るとモザイクの濃さが販売サイトによって異なってますね。
■新刊は発売当日に無料で全ページ公開!
── 今後もダウンロード販売が活動のメインにはなっていくとは思いますが、イベントに復帰される予定はあるのでしょうか?
なかに:今の所は特に考えてません。即売会は先ほどのデメリットに加え、どうしても作品リリースが他の作家さんとぶつかってしまうのでライバルが多いのですよね。今回、取材してもらってますが、私よりも人気の作家さんは沢山いるので……その方々と正面からぶつかると結果として売上にも影響しちゃうかなと懸念してます。
プイ:ランキング上位作家だからこその悩みかもしれませんね。
なかに:人気の作家さんって本当にすごいんです。例えば数万本売れている作品って、一日数百本以上売れて、それが3ヶ月以上毎日続くってことですよ。それが何冊もある作家さんは本当に凄まじいです。
── とはいえなかにさんの「昔は可愛かった」シリーズは2冊とも2万ダウンロード超えているし、「昔はカッコよかった」なんて3万超えですよね。外部広告を打ってもらったとありましたが、こういった広告を打つ費用は売上から引かれたりしますか?
── 最高じゃないですか。
なかに:セール中はガンガン買って頂きたいですね。
── 全編ページ!? それってサンプルの意味がないのでは……?しかも発売日ですよね?
なかに:全編であっても公開したツイートなどからいつも通り多くの方にご購入いただけましたので、必要なプロモーションだったと思ってます。
プイ:出版社の慣例だとサンプルは数ページ~10ページ弱が多いので、非常に大胆ですね。

なかに:ちなみに前作でも9割近くサンプルとして無料公開しました。それでも3万部以上購入いただいているので、そういった経緯から最新作では全編無料公開を行った狙いもあります。
プイ:無料公開を戦略的に重視していらっしゃるのですね。
なかに:はい。ただこれは作家のスタイルによるので、他の方も当てはまるとは思いません。私の作風はエロシーンをひたすら描いていくというよりも、会話や人間関係のドラマを見せていきたいので10ページ程度のサンプルでは面白さを伝えにくいと考えてます。
── 内容に自信が無いと出せないというか、構造的に「買って損した」となりにくいですね。
なかに:購入前に雰囲気を知ってもらうこと、もといwebのプロモーションはとても重要です。マンガ家さんの中にはSNSをやっていない方もいるのですが、売上を考えるなら勿体ないと思ってます。作品単体の質を上げることが重要なのはいうまでもありませんが、自信がある部分をどのようにユーザーに届けるか、その発信力も大切です。
プイ:別の視点ですが、最近のランク入りするダウンロードエロ同人の場合、ページ数が求められることも多いですよね。「同じ750円ならよりページ数が多い方!」みたいな消費者心理が働くのか、昔は20〜30ページでも成立していたコンテンツが、今は最低40ページから……みたいになっているように思います。
なかに:まさにページ数はインフレしてきていて、作家にもよりますが独自性を出していこうとしたらどうしてもページ数が増えがちになるのかなと考えています。昨今は読者の目も肥えてきているので、単純なボリューム満足度に加えて、作家の工夫の結果という面もあると思います。
プイ:ページ数が多くなっても問題ないのは、ダウンロードコンテンツの利点ですね。紙で即売会で売る場合は、印刷費だけでなく搬入制限や在庫スペースの問題も出てきますから。
── 今回、なかにさんは無料で公開されましたが、それでも購買に結びついた理由はなんでしょうか?
なかに:SNS等において作家とファンの距離がより近づき、好きな作品・または作者であるならばお金を出すことを惜しまないという方が増えているからだと思います。有難いことに「どのプラットフォームで購入すれば作者的に嬉しいですか?」と聞かれることもあります。プラットフォームからの流入のみに頼りきらず、自分自身で集客できると言うのは本当にSNSの強みだと思います。もちろん「無料で公開されているから買う意味が無い」という方もいると思います。
── コンテンツだけではなく、作家に対してお金を払う意識が芽生えてきているのは、作者自身が情報を発信するSNS時代ならではかも知れませんね。

なかにさんのブログでは自身のノウハウを惜しげも無く公開している!
■これからの時代、出版社や編集は必要なのか?
── 個人で売上をつくっていく流れが加速すると、出版社や編集のあり方はどう変わっていくでしょうか?
プイ:編集者としては真摯に考えなければいけない問題です。エロマンガにおける編集者・出版社不要論自体は昔からしょっちゅう言われておりますが、それをわかりやすく体現されているのがなかにさんなのだと思います。
── とはいえ、なかにさんほど積極的にプロモーションをしない作家さんの方が多数だし、締め切りを設定してもらえないと描けないという方もいますよね。
プイ:そうですね。他にも編集者からのアイデア出しを欲しがる方や、育成段階の新人の方などには提供できるメリットがあると思います。またエロではなく全年齢向けの作品となると、編集者の必要性は上がってくると思います。そもそも販路が同人より大きいですし、メディア展開、プロモーション時の交渉など役目が増えてくるので。
── 逆にいえばひとりでマーケティングができる作家は編集を介さずに利益をほぼ総取りできるのはとても夢があります。
なかに:ネットでのビジネスが発達してきているので、本当に1人で色々なことができるようになったと実感してます。自分が想像しうる範囲のアイデアはすでに誰かが実践してくれているので、少し勉強すれば発表の場所や売り方は無数の選択肢が選べます。そういった研究が苦でない作家にとっては今は天国のような環境といえるかもしれませんね。
売上規模や販売方法も含めて、シンプルながらこれまでの出版業界にはない新しい手法が多く見られました。それで数千万円規模(全体ならおそらく1億円超)のビジネスを成立させているのは驚きです。もちろんこれを実現できているのはなかに先生の制作ポテンシャルと技術力、そして営業センスの複合技です。
次回はそんな卓越した能力をいかにして身につけたか、なかに先生の作品を紹介しながらノウハウに迫ります!

- プイ
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編集者。大手成年向け雑誌の編集長を務め、現在はウェブを中心にコミックの制作に携わっている。エロ漫画編集歴10年。団地撮影が趣味。2019年はエロ漫画編集について語った『エロマンガ編集術』を刊行。
なかに先生の年収推移
2007年:年収350万円 <新卒!
2010年:年収600万円
2012年:年収650万円
2013年:年収300万円 <退社!フリー1年目
2014年:年収50万円
2015年:年収450万円
2016年:年収900万円
2017年:年収40万円 <修行期!
2018年:年収800万円 <仕事再開
2019年:年収5000万円? <イマココ