労働は1日3時間?人気マンガ家のホワイトすぎる仕事観!

なかに先生、プイさんとの対談。前回に続き、総売上数千万円規模のマンガ家・なかに先生のお話を聞いています。後編にあたる今回はいかにして数千万円規模の売上を作ったか、成長方法と働き方、作風や技術論に迫ります。
■作画は最小コスト、重要なのはシナリオ
── システムエンジニアからマンガ家への転身、フリーから3年目で大きな成果を出しているのは本当に驚きです。なかにさんの最近の作画はさっくり描きながらデッサンなども安定している印象なのですが、絵の練習はされたのでしょうか?
なかに:デッサン本はたくさん買いました。とはいえ思うように習得できなかったのでひと通り模写したくらいであまり活用できませんでした。結局、毎日少しずつ漫画の模写を続けました。絵の練習はあまり好きではないので、本当に少しずつ、30分とかです。どうしてもやる気が出ないけど絵の上達ペースが芳しくないと思った時は配信等でだらだら続けました。小数ながらも配信でコメントを書き込んでくれる方がいて本当に助かりました。最近はあまり練習できていませんが、画力は今でも大きな課題のひとつです。

▲なかに先生のブログには下積み時代の軌跡が綴られている
なかに:あと、シナリオ的な文脈でいうなら個人で作ったノベルゲームは強い下地になっていると思います。高校生の頃に同人ノベルゲームに影響され、「自分もこういう作品がつくりたい!」と奮起しました。大学生の時に30万文字超を書いた積み重ねは強い自負があります。この時の経験が今になってセリフや演出に生きてきているので、得意だと思うものをひたすらやり続けることは力業ですが効果的なように思えます。

▲自身で制作したノベルゲーム
なかに:他にはネーム模写をルーチンとして取り入れていました。『HUNTER×HUNTER』や『幽☆遊☆白書』などの冨樫義博先生の作品が大好きなので、よく参考に模写をしながら自分のマンガを描いたりしていました。最初の方はまったく何も分かっていなかったので、好き放題に詰めていったら1ページに18コマもあるようなものが出来上がったりしていました(笑)。
プイ:見開きにではなく、1ページにですか(笑)。

▲実際の作品
── 編集者は担当した作家さんに技術的な課題を発見した場合、どういったアドバイスをするのでしょうか? 絵やお話を改善する方法があれば知りたいです。
プイ:絵は重要な要素ですが、正直編集者のアドバイスですぐ良くなるものでもないのが難しいところですね。一方、コマ割りや視線誘導などの画面構成や、エロ漫画におけるページ配分についてはアドバイスしやすいです。あとは描こうとしている作品の狙いやコンセプトがボヤケてたり詰め込みすぎな場合は、相談しつつ何かひとつに絞り込むというやりとりも大切にしています。
なかに:もちろん絵も重要です。演出上、難しい構図を描かざるを得ないこともありますし「上手く描けない」と悩むこともしょっちゅうあります。性癖や構図の好みに癖がある自覚があるので、既存のものから参考にしづらいことが多くてよく困っています。そこはその場の努力でなんとかしているのが現状で、あまり好きではありませんが、その場その場で試行錯誤するのも多少は画力の向上につながると思ってがんばっています。とはいえ作画に過剰な時間を掛けるのもよくないと思っているので、ネームの推進力を落とさないようには心がけています。
── 作画時間を短縮する上で心がけていることはありますか?
なかに:背景ですかね。基本的には『3Dマイホームデザイナー(PRO9EX)』というソフトを使用しています。レンダリングされた3Dを色調補正や若干のレタッチ作業で調整してますが、基本的にほぼ手直しなしでこれくらいのクオリティにはなります。
プイ:スゴイ、これ全部3Dなんですね。普通に違和感なかったです。


なかに:あまり背景を描きたくないので、どうしようかなと調べていたときにTwitterで一般誌の作家さんが使っているのをお見掛けして、調べる内に素材の多さや輪郭線書き出し等求めている役割を果たせることがわかり即購入しましたね(笑)。

── リサーチと研究も抜かりないですね。
■ようやく掴んだクリエイターへの道
── そういった要件に対して技術選択できるのは元システムエンジニアさんだからかな、と勝手に思ってます。新卒で選択された職業と伺いましたが、大学もそっち系なのでしょうか?
なかに:大学の専攻は工学科でした。なので環境的には今の創作活動からはかなり離れてます。それでもクリエイターに対する憧れはずっと持っていてゲームまで作ったのですが、プロになるビジョンがまったく見えなかったんですよね。時代が進み、デジタルツールが進化し、販路も増えてきて段々と参加できそうな領域が増えていきました。
── クリエイターには昔からなりたかったんですね。
なかに:中学生の頃から両親の影響でマンガが大好きでよく読んでいました。ちょうどインターネットが普及してくる時代と重なっていたこともあり、個人サイトが出来ていったり様々なリンク集にまとめられたりといったクリエイティブな舞台で注目を浴びている存在にはずっと憧れを抱いていましたね。そこでノベルゲーム文化が一気に来て、こんなものが作れてしまうんだ!と、とにかく衝撃を受けました。
プイ:実際に今は理想にかなり近づいているように思います。
なかに:ありがとうございます。本心を言えばもう少し若い内から創作でお金を稼げるようになりたかったなと思っています。会社員として5年間も歳をとってしまったので。作家人生としてはまだ5年程度で若輩ですが、20代前半で活躍されている方を横目にすると、とても羨ましくなります。
プイ:それこそ今はツールや販路の恩恵が大きいですからね。ダウンロード同人誌の市場もどんどん大きくなっている。個人で創作したい人にとってはチャンスが増えていると思います。
■エロから一般向けへの修行、年収800万円から50万円に減少
── 2017年8月からはエロマンガの活動から一転して、一般向けの現代ファンタジー『私はその人生を誇らしいと思うだろう』を長期的に描いてますよね。この作品は販売していないので、年収を落としてでもチャレンジされたということですよね。
なかに:その頃、締め切り等を言い訳にクオリティを落としたものを作ってしてしまって……当然売れないという愚を冒してしまい、反省が必要だと考えていました。ちょうど一般誌からのお誘いを頂くことが多かったのでネームの勉強もしたいなと考えはじめていました。一応貯金残高を見つつ、収入に拘る必要はないと思ったので2017年は好き勝手やりました。
── 脱サラといい、舵きりがいつも大胆ですね……。
なかに:この時は連載ネームを描こうとした時にどれくらいのものができるか、という課題を設定しました。結果として完結できませんでしたが、制作時の学びや読者のリアクションを糧にしながら色々な経験を得られました。そのまま連載用のネームとして出版社へ持ち込めるものを描こうとしましたが、反省点が多すぎて難しかったですね。
── 既に成年向け作家として大きく売上を伸ばしている中で、こういった転換ができる冒険心は凄いですね……。200ページあるので単行本がつくれそうなサイズです。
プイ:当時、将来的には一般誌でマンガを描いてみたいというモチベーションが強かったのでしょうか?
なかに:その時々の描きたいものにも依りますが、今でも機会があれば一般誌に挑戦してみたいと思ってます。同人よりも大きな市場で、うまくいった時の天井はとても高いと思います。
── 1年間、研究に打ち込んだと思いますがどういった成果があったのでしょうか。
なかに:できることできないことが分かってきました。これくらいすごいと思うものを描くには、これくらいの課題を解決させないといけない、などの塩梅が見えてきたという感じです。
プイ:その後、また成人向け作品を描くにあたって感じたブランクなどはありましたか?
なかに:特にありません。作品クオリティと自分の労力の関係を大体掴んだので、自分ができる苦労の範囲で妥協せず良いものを仕上げようという気持ちは強くなりました。
プイ:2018年から大ヒット作『昔は可愛かった』シリーズがはじまりますよね。私も以前からなかに先生の作品は拝見していたのですが、その頃よりも作画表現やセリフなどのレベルが数段階上がって、全体的に厚みあるように感じました。
なかに:ありがとうございます!そこに行き着くまでは迷走もしましたが、結果的にクオリティアップにつながって良かったです。
── それまでのエロ作品から具体的に改善したところはどのあたりになるのでしょうか。
なかに:私は「書き文字」をうまく使えなかったので以前の作品ではなるべく使わないように遠ざけていたのですが、書き文字を効果的に使う作品に触れ、その良さを取り入れました。そのように手慣れたテクニックだけではなく、こうした方がいいと思ったものは苦手なものでも意識的に取り込むようになったのはちょうどこの頃だったと記憶しています。
▲ブログから引用
■なかに先生の独自性
── ダウンロードの成年向けマンガは結構「くせの強い」作品が多い印象があるんですよね。
プイ:いわゆる「ネトラレ」「人妻モノ」などのジャンルが多い印象です。エロ業界ではメジャーではありますが、大手商業マンガでは相思相愛の作品が多いので、傾向の違いを感じます。
なかに:私自身が「ネトラレ」「人妻モノ」を得意としていないんですよね。とはいえ人気作品を分析するとその中でも独自性の高いものが多いです。ネトラレなどの属性に関わらず、作家性と品質の両方が高い作品が売れ筋になりやすいという傾向は年々強くなってきていると感じます。
── ウェブ広告を見ても興味を引くために独特な設定を起用しているケースは多いですよね。
プイ:ちなみに編集者の立場で見てもなかにさんのマンガはかなり「ヘン」なんですよね。
なかに:そうですか?
プイ:ご本人のお人柄は、めちゃくちゃ社会性高いし、ブログの文章もすごく丁寧で面白いんです。そのご本人とのギャップというか……。
特に初期から中期の作品は演出過剰で、あえて言葉を選ばないなら「ギャグ」っぽいというか。平和なシーンから一瞬でテンションマックスになりますよね。この頃の「興奮してるキャラの間のとり方」と「セリフ・表情・ポーズ」の過剰さにすごく個性が出てたと思います。
なかに:こういうのが好きですからね!

プイ:最近の作品では、そのあたりの表現も成熟して、初期の持ち味を残しつつもやりすぎない程度になっていますよね。主人公である姉弟関係の描写も、初期作品では世界にその2人しか存在しないかのようなシンプルな描き方でしたが、最近は他の家族や医者なども登場して舞台描写に厚みが増してきてますよね。すごく一般誌的な読み応えが増してきていると思います。絵柄もぐっと垢抜けましたよね。
なかに:色々と勉強したのでプロの編集さんからそう言って頂けるのはとても嬉しいですね。

■長時間労働はしない。文字通りフリーな生き方
── それにしても相当ストイックに勉強されてらっしゃるのですね。一日の大半は制作と練習に費やしているのでしょうか。
なかに:いえ、気分が乗らない時は描かないし、制作したとしても一日に3時間くらいですね。
── そんなもんなんですか!?
なかに:もちろんモチベーションには波があるので、気分の乗らない時はゲームをやったりYouTubeを見たり漫画を読んだりと平穏に過ごしてます。やる気のある時だけ作業すれば4ヶ月に1冊は本を出せるという感じです。作画だけなら1日1ページくらいのペースなので自然とそういうサイクルになります。ちなみに『スプラトゥーン1、2』のプレイ時間は2000時間超えてますね(笑)。
なかに:フリーランスになった理由のひとつに「やりたくない仕事に時間を使い、忙殺される生活」からの脱出なので、少なくとも今は成功できてます。会社員時代も他の方に比べて激務というわけではありませんでしたが、そもそも私は長時間労働には向いてないですね。
── やりたいこともできてて収入もある。時間も使える、最強じゃないですか。
なかに:今年はたくさん同人誌を買ってもらえたので、経営や資産管理の勉強にも時間を割いています。できる限り節税しないといけないですし……。
■会社を辞めるタイミングは?
なかに:私の例でいうなら、数年生活していけるだけのお金を貯めておくことでしょうか。早く会社を辞めてマンガ家として活動できるのがベストではありますが、どの程度の収入低下を許容するかという問題が常についてきます。それを解決するのはまずお金です。あとは実家と仲がいいならそれだけでリスクの大部分が取り除かれます。また、仕事をしながら1冊でも同人誌を出せば完成度や売上で自分の力量もわかります。そういった部分でも辞めるタイミングは見えますね。
── リスク管理を行った上で実力をつける、なかにさんらしいですね。今ではTwitterなどで個人の力も可視化されやすくなってますしね。
なかに:はい。Webで人気なら十分作家としての下地はあると言えるので、あとはどうやって売上に変えていくかのビジョンが必要ですね。逆にそういった自身の能力が未知数な状態でフリーランスになるのはリスクが高いかもしれません。
── 会社を辞めなくてもフリーとしての力量を測れるようになったのは良い時代ですね。
プイ:なかにさんも言うように、貯蓄などの準備なしに勢いで専業になるのは私もオススメしません。ただし勤め先がブラックすぎる場合は、作家を目指すかどうかに限らず直ちにエスケープする手もありますが。
なかに:色々言いましたが、なによりも重要なのは「作りたい」というモチベーションです。自分の場合はマンガ家でしたが、クリエイターに憧れ、クリエイターになりたいという意思が強い方は既にたくさんの価値を、端的に言うとお金を生み出せる可能性を持っています。それだけである種の優位なポジションにいることを強く自覚してください!それが行動に変わるほどの想いなら、それがきっとあなたの職業になるでしょう!
なかに先生にインタビューする前はその独特な作風から、やや緊張した気持ちだったのですが、穏やかながら作品に対してはとても真摯な方でした。その覚悟と勤勉さ、労働環境のホワイトさ(羨ましい)はものづくりをする上でもとても大事だと感じます。
個人が制作から出版まで行える時代になり、フリーランスはもちろん副業でも働き方の幅が増えてきました。これからはさらに素晴らしい作品をより身近に楽しめる時代になってくるかもしれませんね。
この記事で興味を持った方はぜひなかに先生とプイさんの作品をチェックしてください!

- プイ
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編集者。大手成年向け雑誌の編集長を務め、現在はウェブを中心にコミックの制作に携わっている。エロ漫画編集歴10年。団地撮影が趣味。2019年はエロ漫画編集について語った『エロマンガ編集術』を刊行。