「お札っぽさ」って何だろう?架空紙幣作家 oloさんインタビュー<前編>
紙幣のデザインは技術の進化に影響される?

▲oloさんの最新作となる架空紙幣。pixivにもアップロードされている。
━━この絵や模様はご自分で描かれるんですか?
絵は商用利用もOKの素材集から選んで使っています。あちこちの本屋へ出向いて、素材集の棚を目を皿のようにして探しました。他にも、紙幣の図柄は銅版画で刷られるので、銅版画の技法である"engraving"というワードで検索して海外の通販サイトを見たりと、苦労して集めました。

▲oloさんが実際に使っている素材集のひとつ。
模様の方は、Illustratorを使って自分で描いています。この模様は「彩紋(さいもん)」といいまして、装飾であると同時に偽造防止の機能も果たします。だから、同じものをカンタンには描けないように複雑な図柄になっているんです。
現在流通している日本円の彩紋はCGで描かれていますが、ひとつ前のデザイン…夏目漱石の千円札や新渡戸稲造の五千円札までは、彩紋独特の幾何学模様を描く機械「彩紋彫刻機」が使われていました。
現在流通している日本円の彩紋はCGで描かれていますが、ひとつ前のデザイン…夏目漱石の千円札や新渡戸稲造の五千円札までは、彩紋独特の幾何学模様を描く機械「彩紋彫刻機」が使われていました。
彩紋彫刻機は、たくさんの歯車を組み合わせて数学的に曲線を描く機械で、歯車を取り替えると描かれる曲線のパターンが変わります。そうして描いた複数の彩紋を重ねあわせることで、再現が難しい複雑な模様をデザインしていたんです。
ーーあの独特で左右対称な柄は、数式によって描かれていたんですね。
はい。そして現在は、彩紋の制作環境がコンピューターに変わり、彩紋彫刻機では描けなかった模様が作れるようになった。となると、デザインの在り方も変わるのだろうと思います。
私自身の経験としても、数年前に博物館で彩紋彫刻機を実際に見て仕組みを知ったことで、彩紋の表現方法が一気に向上しました。
私自身の経験としても、数年前に博物館で彩紋彫刻機を実際に見て仕組みを知ったことで、彩紋の表現方法が一気に向上しました。
━━それは面白いですね! 架空紙幣を作るoloさんが、本物の紙幣を作る国立印刷局と同じようなプロセスを辿ったのかもしれないと。
デザインが変われば、使う色やインクも変わると思うんですよね……ああ、つまりは、過去の紙幣においても技術の進化によってデザインの自由度が拡がったことが、デザインの違いをもたらしていた可能性がありますね。
と、インタビューを受けながら、今ふと思いました。
と、インタビューを受けながら、今ふと思いました。
━━この場で考察が進みましたね(笑)。お話を伺って感じましたが、oloさんが架空紙幣を作るのは「お札っぽさ」の探求のため、なんですね。
今は、そうですね。昔は単に模様とか色合いとかデザインが好きだから、自分でも作ってみたいと思っていました。今もその気持ちはあるんですが、それだけではなくなった……この謎を解き明かすための仮説と実証のために、手を動かしているという意味合いが強いかもしれません。
見慣れない紙幣でも「お金」だとわかることの不思議さ

▲外国の紙幣のような雰囲気の架空紙幣。
━━作った架空紙幣が「お札っぽい」かどうか、人に訊いてみることはありますか?
参考程度に訊くことはありますが、重視はしてないですね。お札っぽくない、と言われても「へぇー……」という感じで(笑)。 というのも、自国の紙幣に似てないものは「お札っぽくない」という答えが来がちなんです。
━━普段から見慣れているかどうかで判断される、ということなんでしょうか?
従来のドル紙幣は、緑色の地に黒い文字で額面などが書かれています。新しいデザインに変えていくプロセスの中で、あるとき地紋(※)に色を入れたんです。少し他の色が混ざるだけでも、見た目の印象って変わるんですよね。
それで、以前のドル紙幣を長く使っていた人は「お札の色は緑」と思っているから、新しいお札や日本のお札は「カラフルでおもちゃに見える」って言うんですよ。
※地紋 … 証券などの印刷物の表面に入れる模様のこと。
それで、以前のドル紙幣を長く使っていた人は「お札の色は緑」と思っているから、新しいお札や日本のお札は「カラフルでおもちゃに見える」って言うんですよ。
※地紋 … 証券などの印刷物の表面に入れる模様のこと。
━━そういえば、海外のアニメだと、お札って緑色ですよね。
ええ、逆もしかりで、日本人からすると、カラフルなお札に慣れ親しんでいるから、アメリカのお札はおもちゃっぽいと感じる。モノポリーの影響もあるとは思いますが(笑)。
文化に依存するから一般解はない、ただ、それでも商品券には見えないということは、普遍的にお札に見えるための「何か」があるはずなので、それって何なんだろうと……。
文化に依存するから一般解はない、ただ、それでも商品券には見えないということは、普遍的にお札に見えるための「何か」があるはずなので、それって何なんだろうと……。

▲日本円と米ドルの旧紙幣。
━━これが全てお札に見えるのが、実は不思議なことなんだということがわかってきました。
ええ、文字がアルファベットでなかろうが、手順や法則性さえ踏まえれば、相当奇抜なものを試作しても、お札に見えるようになると思うんですよね……。
そんなことばかり考えています。
そんなことばかり考えています。