これがあの六つ子を産んだ発想法だ! 『「おそ松さん」の企画術-ヒットの秘密を解き明かす』 〜レジェンド本を学ぶ〜

文:いしじまえいわ
今回は布川郁司さんの著書『「おそ松さん」の企画術-ヒットの秘密を解き明かす』(2016年、以下『「おそ松さん」の企画術』)を紹介します。
著者・布川郁司さんは超ヒットメイカー
『おそ松さんの企画術』の著者・布川郁司さんは『幽☆遊☆白書』『NARUTO-ナルト-』など数々のヒットアニメを生み出してきたアニメスタジオ・株式会社ぴえろを創立された方です。
そんな布川さんが携わりつつも、関係者さえ「まさか、当たるとは思っていませんでした(笑)」(本書p.15より引用)と告白するのが、2016年に放送されたTVアニメ『おそ松さん』です。
▲ おそ松さん 2017カレンダー壁掛け(エンスカイ、2016年)
本書は、予測不可能だった『おそ松さん』のヒットの秘訣を解き明かしつつ、さまざまな作品を振り返りながら企画のいろはやアニメビジネスについて述べたビジネス書。コンセプトの立て方やファンに対する理解には非常にクリエイティブな視点が含まれています。
今回は本書の中からクリエイターのみなさんにとって参考になるであろう「ヒットを生み出す発想法」について学んでいきましょう!
自分の「哀しみ」を笑いに変える
布川さんは『おそ松さん』のヒットの要因について「それはすべて、赤塚先生の原作にもともと含まれていたものだったのではないか」(本書p.34より引用)と考察しています。それは「世の中を笑い飛ばすギャグの数々」と、その根底にある「哀しさ」ではないかと言うのです。
『おそ松さん』は、『天才バカボン』や『ひみつアッコちゃん』といった数々のヒット作を生み出した漫画家・赤塚不二夫先生の作品『おそ松くん』が原作になっています。

▲ 赤塚不二夫記念会館 ©Hanasakijijii
赤塚先生は幼少期が貧しくて、その苦しい経験をいつまでも忘れない方です。(中略)いつも庶民の目線から、世の中を笑い飛ばしていました。私には、それは貧しい幼少時代があったからこそ生まれた感覚ではないかと思えて仕方ありません。かつての貧しさを背負って、でもそれを笑い飛ばす。だから赤塚先生の笑いには、深みがあります。
布川侑司『「おそ松さん」の企画術-ヒットの秘密を解き明かす』(集英社、2016年)p.36、37より引用
赤塚先生は1935年に満州で生まれ、終戦を経て11歳のとき日本に帰国しています。敗戦国となった日本に生まれて初めて帰国し、そこで多くの苦労をしたことは想像に難くありません。
その後『おそ松くん』『天才バカボン』などのヒットによって生活は豊かになりますが、赤塚先生のギャグマンガの根底には、戦中や戦後の苦労や「哀しさ」が根付いているようです。
TVアニメ『おそ松くん』の放送から27年。当時かわいらしい子供だった六つ子たちが、立派なダメ人間に育ってしまった……という『おそ松さん』の基本設定にもある種の「哀しさ」があるかもしれません。
▲ ダラダラ過ごすダメ人間の6人
もし、エリートのイケメンたちが主人公では、おそらくどんなギャグをやっても今の『おそ松さん』ほど人気は出なかったのではないでしょうか。
「ギャグ」と「哀しさ」というのは一見相反しているようにも思えますが、哀しみをギャグに昇華させていることが、『おそ松さん』の面白さの本質のようです。
広く浅くではなく、熱心なファンに注力する
実は『おそ松さん』の視聴率は最高で最終話の3.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。布川さんいわくこの数字は「昔のビジネスの基準で言えば、はっきりと「負け組」」(本書p.38より引用)だとか。
一方、生み出した経済効果で言えば、平均視聴率が20%以上あった前作『おそ松くん』よりも「圧倒的に『おそ松さん』の方が上」(本書p.38より引用)と述べています。
もっと視聴率が高い番組でも、『おそ松さん』ほどのブームを達成したコンテンツは珍しい。インターネットの配信や口コミが普及したことで、ファンが持つ「熱」をかつてないほど広げることができるようになってきたのです。
布川侑司『「おそ松さん」の企画術-ヒットの秘密を解き明かす』(集英社、2016年)p.125より引用
ボーッと見ている2000万人よりも、100万人の熱心なファンをいかに刺激するか。そこを考えなければならないと思うのです。
布川侑司『「おそ松さん」の企画術-ヒットの秘密を解き明かす』(集英社、2016年)p.39より引用
『おそ松さん』は深夜帯の番組なので「制作の条件として「大衆」を意識する必要がない」(本書p.42より引用)のです。だから、熱狂的なファンに反応してもらえるよう最大限とがった作品になるよう意識して作ったのだそう。
▲ 四男・一松と五男・十四松。特にこのふたりのギャグはきわどいものが多いかも……!

▲ 「ピクシブ百科事典」より。pixivのイラスト投稿数はなんと21万件以上。放送が終わってからも投稿数は伸び続け、人気の高さが伺えます。
悩んだときは自分と向き合い、よりコアに!
▲ 放送終了後も愛され続ける6人
今回は『おそ松さん』のヒットから「自分自身の過去や哀しみと向き合う」「広く浅くではなく、ニッチなファンを掻き立てる尖った志向をもつ」という発想法について学びました。
創作で悩んだときはこの2点を意識して、ぜひ六つ子たちのような魅力あるキャラクターや作品作りに活かしてください。