健康に悪い結論となってしまった「格段に絵が上達したキッカケ&練習法」いそふらぼん肘樹の場合

文/いそふらぼん肘樹
第二回のテーマは「格段に絵が上達したキッカケ&練習法」である。
正直、「私は絵のうまさで戦うタイプのマンガ・ファイターではないから……」と言い続けてここまでやってきた人間なので、このテーマについて語るべき資格はあまりないのだが……。
格ゲーに様々なキャラクターがいるように、創作者にも様々なやり口、戦い方があると思っている。
思ってはいるものの、「でも絵って、上手いに越したことはないッスよね!?」と言われれば……まあ絵、うまくなりたいよな……。
新しいジャンル=描いたことがなかったもの
知り合いの絵に「なんか、成長したな!?」と感じる瞬間、それはいつだろうか。
デッサンの勉強をし始めた、模写をやり始めたなどの画力成長の正道王道を辿って成長を遂げる勇者ももちろんいるにはいるが、おそらく最もポピュラーなものは「新しいジャンルにハマったとき」ではないだろうか。
私自身の経験で言うならば、過去の二次創作イラストを見返していると「キャラクターが3頭身」のジャンルから「5頭身のジャンル」、そして「7頭身のジャンル」にブームが変遷した時期に、明らかな確変が起こっている。
当初はデフォルメが強めの作品が好きだったのだが、人間に骨と関節が存在している作品にハマったために「実は、人間には骨がある」という事実に向き合わざるを得なくなってしまったのである。
そして、最終的には「実は、筋肉とか服のシワっていうのもあるらしい」というショッキングな事実にもたどり着いてしまった。
つまり、原作のキャラクターデザインのディテールに沿って、単に絵を描き写すだけでも要求される基礎画力が上昇していったのだ。
青年誌ジャンルなどの二次創作を眺めながら「このジャンルのオタク、なんか妙に絵がうまい人多くねーか……?」と思った経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないか。私はそういった模写の段階で画力をシゴかれることに秘密があるのでは……と睨んでいる。
頭身が高いジャンルに限らず、ジャンルにハマりたての人間というのはとりあえず原作を模写したり、難解な髪型や服装の解釈のために自分の画風に落とし込んだりと試行錯誤するものだ。その際に「今まで描いたことがなかったものにトライする」という事態が発生するために地道に画力がアップするのではなかろうか。
描きたくないものを描かなきゃいけないマンガ
またもう一つ上げるとするならば、「マンガを描く」ことである。
いや、そのマンガを描くために画力が欲しいんですけど……と言いたいところだが、マンガというのは「描かざるを得ない状況」が発生するところに画力成長のカギがある。
正直に言えば、会話劇だけなら肩から上とフキダシだけで全てを済ませたとて構わない。
しかし「この場所がどこか説明するために、本当に嫌だがヒキの構図で1コマ描いておくか……(1コマだけ描いておけば説明は完了するので二度と描かなくてもよい)」だとか、「本当に手指を描きたくないのだが、推しCPが手を繋いだことを描写するにはどうしても手指を描かなくてはいけない……」など、必要性に迫られてまったく描きたくもないものを描く事態がたびたび発生する。
ちなみに私はいつも文字プロット、ネーム、作画の順で作成しているのだが、文字プロットをやっているときの私は、ネームをやっているときの私がまさかこれらを描く羽目になるとは思っていないので(人格の分裂)、「Aは跪いて恭しくBの手を取り」とか「お祭りで賑わう大勢の人々」とか本当に好き勝手なことばかり言っている。もっと「停電で何も見えなくなり、二人の声だけが聞こえる」とか書いておいてほしいものだが。
描きたくない! 描きたくない! と叫びながらも、なんとかかんとか無理やりに描くことで何かしら得るものはあるはずなのだ。
なお、マンガに「締め切り」が設定されていると「限られた時間でなんとか描き切らなくてはいけない」という制約も生まれるので、一発でそれなりに見える描き方が備わっていくというメリットもある。
そして、人間は極限まで追いつめられると異常な力を発揮するので謎の成長を遂げる場合も、ある。これは真面目なスケジュールで原稿できる人間には関係のない話ではあるが……。
人間というのは放っておくと描けるもの、描ける角度だけで全てを済ませてしまうものだ。手料理のレパートリーの味付けが全て同じになるように……。(それは普通に私のことであるが)
しかしマンガっぽいマンガを描こうとすると、意外に今まで描いたことがなかったものってあるんだなと驚かされる。
一度描いたものは己の中で経験値となり、二度目に描くときは意外と描きやすくなるものである。かつて学校の授業でなぜか某有名少女漫画のグルグル眼鏡の委員長を模写させられたことがあるが、いまだにそのキャラクターだけは描けたりするものなので「手が覚えている」みたいなものかもしれない。
まとめると、「新しいジャンルにハマった勢いで非常に危ういスケジュールでマンガを描くと人間は急成長するかもしれない」というところだろうか。
めちゃくちゃ健康に悪い結論だが、人間が新しいジャンルの熱に浮かされているときの爆発力というのはものすごいので、正しいと言えば正しいのではないだろうか。


- いそふらぼん肘樹
漫画家。月刊コミックゼロサムにて『神クズ☆アイドル』連載中。