「漫画家としてしか、生きていけない」永田カビさんインタビュー
文/近藤世菜
自分の心の脆い部分は、できるだけ誰にも知られたくない。でももしそれが「武器」になるとしたら……?
自分の創作で食べていきたいと願う人たちにとって、自分だけの武器は喉から手が出るほどほしいもの。それは卓越した画力だったり、驚くようなストーリー展開だったり、究め抜いた専門性だったりと、人によってさまざま。多くのクリエイターたちがしのぎを削る創作の世界において、自分の脆さや弱さをさらけ出すことを武器に選んだのが『一人交換日記』の作者、永田カビさんです。
前作『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』でも、自分の心が抱えるどうしようもない孤独をさらけ出し、多くの読者の共感を集めた永田さん。12月10日(土)に単行本が発売された『一人交換日記』では、自分と真正面から向き合うことで、よりパーソナルで本質的な部分を描いています。
ためらいなく自分をさらけ出すことで多くの読者から愛される作品を描いている永田さん。でも、自分の脆さと向き合ってそれを創作として昇華させることは精神的に辛いことではないのでしょうか。
自身の作品にこめる思いを永田カビさん本人に聞いてきました。
ネタになるなら、躊躇なく自分をさらけ出せる
── 前作の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』も、今作の『一人交換日記』も、ご自身の心のかなり繊細な部分までさらけ出して描かれてますが、なにか葛藤はなかったんでしょうか。
漫画を描くうえでは、自分をさらけ出すことにためらいはありません。私にはそれ以外できることがないので。直接人と接するときはむしろ自分を隠そうとしてしまいますが……。
もともと漫画家としてデビューしていたんですが、年に1回読み切りを出せるかどうかで、まったく仕事になっていなくて。でも、自分には漫画を描くことしかできないんです。だから、生きていくためにどうしても売れる作品を描かなきゃいけない。そのとき、自分自身をさらけ出してネタにしようと思ったんです。
── 淡々と話してらっしゃいますが、それって強い覚悟が必要なことだと思います。
── 自分をさらけ出すことだけでもなかなかできないことだと思いますが、それをきちんとストーリーとして構成するって、並大抵のことではないじゃないですか。どういう作業をしてネームを描いてるんですか。
まずは起こったできごとや自分の気持ちをすべて文章で箇条書きするんです。それを話として成立するように並び替えてからネームに入ります。
── 中学生のころ実際に「一人交換日記」をやられていたという話もありますが、できごとや気持ちを文章で書き残すという作業は以前からよくやっていたんですか。
思ったことや感じたことを言葉にして書く、というのはよくやっていましたね。中学生のころの「一人交換日記」は、自分をいくつかの人格に分けて書いていたんです。それぞれ違う名前と性質を持たせて、人格同士を会話させることもありました。
── その経験が今作の『一人交換日記』のように、自分の内面の奥底まで客観的に表現する力につながったのかもしれませんね。漫画を描くうえで気をつけていることはありますか。
美化しすぎず、卑下しすぎないことです。自分が読者の立場だったら、美化されすぎているものには共感できないし、かといって卑下しすぎているものはマイナスな気持ちに引きずられて読むのが辛いと思って。
── なるほど。そもそも誰かに読まれることを意識して描いているわけですね。想定している読者層はあるんですか。
誰が読んでも心に残る普遍的な作品を創りたいと思っているので、とくに考えていません。コメントをくれたり、話題にしてくれたりするのは、20代から30代の若い人が多いですが。
漫画家という仕事一本で食べていきたいと思っているので、とにかく多くの人に読んでもらえる作品を描きたいんです。
── これまでのお話で永田さんが漫画にかける覚悟や思いがひしひしと伝わってきましたが、漫画を描いていて辛いと感じることはありますか。
実際に起こったことを描くので、追体験したくないことを描いているときはやっぱり辛いです。でも『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』や『一人交換日記』は、伝えたい、カタチにしたいっていう気持ちの方が強かったので、前向きな気持ちで描き上げることができました。
── 永田さんは一つひとつの作品を、全身全霊をこめて描いているように感じるんですが、エネルギー切れになるときはないんですか。
連載が終わって、正直しばらく休みたいと思いましたね。でも反面、やっぱり何かを描きたい、描かないといけないって思っている自分がいて。心の中でいつも戦ってます。
── 『さびしすぎてレズに行きましたレポ』『一人交換日記』と、大きな反響を呼びましたが、それを受けてどんな気持ちですか。
はじめのうちはわざわざ探して感想を見ていたんですが、良いコメントがあると「期待を裏切らないようにしなきゃ」と思うし、悪いコメントには「もっとここを変えないと」と、一つひとつの意見を意識しすぎてしまうんです。だから、コメントをいただけるのは本当にありがたいんですが、あまり見ないようにしています。
いや、漫画家としてしか生きていけないと思っているからですね。漫画っていう自分の命綱は人の評価によって左右されるものなので、どうしても気にしすぎてしまって……。でも、自分が描きたいものを描かないと、おもしろくなくなると思うんです。だからあえて周囲の反応は極力目に入れないようにしています。
漫画家以外の道はもう考えられない
── 作品にかける強い思いをお聞きしてきましたが、絵や漫画を描きはじめたのはいつごろなんですか。
物心ついたときにはいつも絵を描いていました。それが一生懸命できる唯一のことで。昔から絵を描くことが自分の土台になっている気がします。
── 小さいころから漫画が好きだったんですか。
実は、初めて漫画を読んだのは小学校4年生くらいのことで。それまではまったく触れたことがなかったんです。旅行先の宿で『スラムダンク』を読んだのがきっかけでほかのジャンプ作品も読むようになりました。
── とくにハマっていた作品はありますか。
『るろうに剣心』ですね。剣心が好きすぎて中学では剣道部に入りました(笑)
── 中学生くらいのときが一番感化されやすいですもんね(笑) 物心ついたときから描いていたという絵や漫画ですが、それを公開しようと思ったきっかけは何だったんですか。
昔から自分が描いたものは必ず誰かに見せていたんですよ。というか、今も昔も誰かに見せるために描いているんだと思います。創作は、誰かに見られてこそ価値が生まれるんじゃないでしょうか。
というより、漫画家以外のことはできないんですよ。これまでいろいろ挑戦してきましたがどうしても続かなくて……。だからずっと漫画を描き続けていたいんです。
── なるほど。永田さんの創作意欲はどこから来るんでしょうか。
とにかく描きたい、伝えたいって気持ちがあって。自分の身の回りに起こったことがネタになるなと思ったら、それがたとえ辛いことでも明るい気持ちになれるんです。
まだたくさんの人に読んでいただいてるって実感がわかないんですよね。ちょっと前まで、おもしろい漫画を描いている人はみんな敵というか苦手で、本屋に入ることすらできなかったんです。いまもその気持ちは残っているんですが、少しずつわかっていくんですかね。
── 今後描きたいと思うものはありますか?
『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』ではしょってしまった部分があるのでそれを描きたいのと、『一人交換日記』の続編も機会があれば描きたいですね。でも、何よりそのとき描きたいと思ったものを描くしかないなと思っています。
── ありがとうございました!
強い覚悟は作品を通して読者に伝わる
永田さんが、自分の脆さや弱さをさらけ出して作品を創るのは「漫画家としてしか、生きていけない」という強い思いがあるから。インタビュー中は、淡々とした語り口でしたが、そこには激情といっていいほどの情熱があるはずです。永田さんの作品が多くの人の琴線に触れるのは、作品を通して彼女の覚悟が伝わってくるからなのかもしれません。