「禁断の恋」はもう古い!BL編集部3社が語る、これからのBL

構成/原田イチボ@HEW
いまやBLというジャンルも数十年前ほど“隠すもの”というイメージではなくなりました。ゲイカップルをテーマにした地上波ドラマがヒットを飛ばし、LGBTQという言葉を誰もが知るようになった現代においては、やはり求められるBL像も数十年前とは大きく異なっているはず。
平成~令和を経て、BL作品はどのように変わっていったのか?
『リンクス』(幻冬舎コミックス)、『マガジンビーボーイ 』(リブレ)、『on BLUE 』(祥伝社)、大手BL雑誌を手がける編集部員3名にBL業界の今まで、そして、これからについて語ってもらいました。
BL編集部員たちが選ぶ! 平成を代表するヒット作

── まずは皆さんのBL歴と編集歴を聞かせてください。
増田:『リンクス』を担当している増田です。編集歴は10年ほどで、BL歴は20年以上ですね。BLというジャンルを知らなかった中学時代、友人に「BLじゃないけどBLっぽい」作品だった『グラビテーション』を勧められて読んだのが始まりでした。
江崎:『マガジンビーボーイ』を担当している江崎です。編集歴としては6、7年で、BL歴は18年くらい。図書館で『炎の蜃気楼』を手に取ったのがきっかけで、そこから木原音瀬先生、五百香ノエル先生などのBL小説にはまっていきました。
梶川:『on BLUE』を担当している梶川です。編集歴としては12年目くらいかな? 少女漫画誌をたくさん読んでいて、小学5年生のときに『マーガレット』で尾崎南先生の『BRONZE』に出会ったのがきっかけです。同時期に『炎の蜃気楼』にも出会って、今に至ります。
── 各誌で作品の傾向はありますか?
増田:『リンクス』は、『リンクス』でしか描いていない作家さんが多い雑誌です。ある種ガラパゴス的というか。そのぶん、一度手に取っていただいたら、熱狂的になってくださる読者さんが多い印象です。あらゆるBLジャンル各種取り揃えで、間口を広げていきたいと思っています。
江崎:『マガジンビーボーイ』は、BLのバラエティボックスと思っていただけたら嬉しいです。BLの入り口になるような作品もあれば、コアなユーザーが楽しめる作品もある。雑誌の色をはっきり答えるのが難しいのは弱みなのかもしれませんが、「女性が読んでときめくことができる作品ならOK」という姿勢は一貫してあります。
梶川:『on BLUE』は明るいものからハードなものまで、物語主義というか、物語のアップダウンが大きい作品が多いですね。とにかく読み応えを大事にするので、打ち合わせは濃く行われることがたびたび(笑)。
── 各社で、とくに「これは!」というヒット作を挙げるとすれば何でしょうか?
そして最近だと、丹下道先生の『恋するインテリジェンス』がとくに人気です。受けと攻めが2人いて……じゃなくて、N国Kヶ関という舞台の上で、魅力的なキャラがたくさん登場する。選べる楽しさというのは今っぽいですよね。
江崎:やまねあやの先生の『ファインダー』シリーズと桜日梯子先生の『抱かれたい男1位に脅されています。』なくしてはリブレを語れません。『ファインダー』は、麻見隆一という“スーパー攻め様”の代名詞とも言えるキャラクターが強烈なインパクトを生んでいます。「この人なら何をやってもいい」と思わせる夢女子不可避な存在です。
『抱かれたい男1位に脅されています。』は、万人が安心して読めるような明るさを作品の根底に感じますし、各キャラクターを最大限に生かす台詞選びにゾクゾクします。キャラクターの魅力を読者さんに伝えるための演出力が圧倒的なんです。
両作品に言えることなんですが、単行本1巻につき必ず一度は「ここで、こうしてほしい」や「こんなセリフ言われたい」という読者の無意識の願望をフルスイング&ホームランで叶えてくれる。読書しながらカタルシスを得られるんです。
梶川:紀伊カンナ先生の『エトランゼ』シリーズは、BL漫画の入門書として挙げられることが多い作品です。性描写がそれほどなく、さわやかな作風なので、読者さんの裾野が広く、男性の読者さんもついています。また、紗久楽さわ先生の『百と卍』は、深い知識をもとに描かれたリアルな江戸情緒と、そこで本当に生きているかのように恋するふたりの描写が注目を集め、第22回文化庁メディア芸術祭で、BL作品として初のマンガ部門優秀賞を受賞しました。
丸木戸マキ先生の『ポルノグラファー』は、フジテレビの動画配信サービス「FOD」でドラマ化されて、地上波放送もされました。普段とまったく違う層にも作品が届いた手応えを感じています。熱狂的なポルグラファンを生みました。
── 昔、よしながふみ先生の『西洋骨董洋菓子店』がドラマ化されたときは、登場人物のゲイ設定が全部なくなっていましたが、そこから考えると、すごい変化だなぁと。
「同性が好き」は物語のハードルにならなくなってきた

── 好まれる作品の傾向の変化は何か感じますか? 現在オメガバースが大流行していて、私も大好きではあるのですが、正直「こんなぶっ飛んだ設定、よく流行ったな」という気持ちもあって……。
一同:(笑)。
── オメガバースがウケている理由は何だと思いますか?
江崎:少年漫画には大体階級がありますし、オタク層は誰しも階級や組分けが好きですよね。発情や妊娠も要素として大きいんですが、αやβ、Ωでカーストが存在して、上と下がくっついたりする仕組みに熱くなるんじゃないでしょうか。
増田:階級の中での人間関係が見えますよね。キャラ同士が独立して存在しているわけじゃないので、世界観の奥行きが感じられます。
── 私はもともと下剋上好きなので、“階級”という視点はかなりしっくり来ます! α受けも大好きですし……。
江崎:オメガバースって海外発なんですが、一説によると受け攻めが絶対逆転しないように作られた設定だとか……。
一同:そうなの!?
江崎:英語圏のスラッシャー文化は、日本に比べて受け攻めの概念がゆるいんですが、「逆カプ滅すべし」みたいな海外の腐女子たちがα×Ωで固定するためにオメガバース設定を作り、でもアレンジ好きな日本人がいろいろ手を加えて……。定かではありませんが(笑)。
── α受けとか言ってしまって、なんだか申し訳ない気持ちに……。他に変化や流行を感じている部分はありますか?
増田:昔に比べて、「こうしなきゃいけない」というセオリーがゆるくなって、読者さんの許容範囲が広がった気がします。少し前までは、「サラリーマンか学生のキャラが主流で、それ以外は1割弱」程度でしたが、今は『リンクス』も神様とか獣とかバラエティ豊かなキャラクターが受け入れられています。「漫画でファンタジーはウケない」と長年言われてきましたが、今は獣人なども人気ですしね。
梶川:ファンタジーは、現実とは違う基軸が入ってくるぶん、ダイナミックに物語が作れますよね。現代感覚に即した行動規範とは別の動かし方ができる。
江崎:あと獣人って本能が理性に勝るものの、大体ピュアで誠実だから「こんなやつに私の受けを渡せない!」というストレスを感じることがない。
── LGBTQを取り巻く世間の流れは、BL業界にも反映されていますか?
梶川:ゲイをカミングアウトした瞬間の描き方はかなり変わった印象です。周囲に拒否反応を起こされるシーンって、今は描き方によっては、読者さんにすごく違和感を覚えさせてしまうんです。「当然弾圧される」という描き方を素でやってしまうと、ちょっと古い印象を与えてしまう気がします。
── 昔は、「男を好きになってしまった。どうしよう」という“禁断の恋”的な物語が多かったですが、最近はそこまで登場人物たちも悩まなくなってきた印象です。
江崎:「同性が好き」というのが物語のハードルとして弱くなってきたからこそ、オメガバースや獣人など別のハードルで物語を盛り上げるようになってきたのかもしれませんね。
増田:ただ、ドラマの本質的なラインは今も昔もそこまで大きく変化していない印象です。どんな時代でも読者さんは、「このふたりに幸せになってほしい」と応援しながら作品を読んでいますから。もちろん作家さんの個性を尊重した上でのことですが、編集部からは「最終的に読者さんをハッピーにしてほしい」とは基本的にお願いしています。昔と比較してみても、安心して読める作品は人気を集めやすくなった気がします。今は不安定な時代なので、安心して触れられる作品を求めるのは自然なことですよね。BLに限らず、世相はコンテンツに反映されるものですから。
江崎:読者さんは働いている層が圧倒的に多いですからね。「会社から疲れて帰った後、ボコボコに殴り合いしている漫画を読むのはしんどい」と感じるのは仕方ありません。
梶川:つまり不景気になると、甘やかしてくれるスーパー攻め様が流行るのかも?(笑)
“BL編集者”の在り方が変わる?

── 今後のBL業界はどうなっていくとお考えですか?
江崎:年齢層は確実に広がっていきますね。BLは“卒業”する方が少ないジャンルなので、読み手も描き手も業界全体の天井が高くなっていくのではないでしょうか。
梶川:pixivコミックさん含め、アプリやウェブサイトで無料配信されている全年齢向けBL作品も増えているので、低年齢化も進んでいきそうです。
江崎:描き手のグローバル化も進んでいくんじゃないかな。今は韓国や台湾で描き手がすごく増えていて、どちらも自国でしっかりとしたプラットフォームがあり盛り上がっているんですよ! そういう作家さんが進出してきて、日本のBL業界もさらに幅が広がっていきそうです。
── 海外から描き手の方をスカウトする動きもあるんでしょうか?
増田:相手の方は日本の漫画が大好きで、日本語もわかったりします。だから私たちが勉強しないといけません(笑)。でも海外の作家さんともやり取りはしていますよ。
梶川:私は韓国の作家さんと準備中で、翻訳者に間に入ってもらいつつ奮闘しています。
江崎:私は 3人くらい海外の作家さんと取引させていただいているんですけど、みなさん日本語が本当に達者です。
── 海外の作家さんで、好むストーリーの違いはありますか?
梶川:韓国は映画とかでも悲恋モノが全然ありな文化なんですよ。そこの認識は最初にすり合わせしていますが、とはいえ相手の方も日本のBLをたくさん読んでくださっているので話は早いですね。
── 日本のBL作品が、海外で翻訳されて出版されることも増えてきましたね。
梶川:ウケる作品の傾向は、韓国はそこまで変わりませんね。台湾は線がキレイめで色鮮やかな絵柄が人気かな。ヨーロッパだと、作者の色が強く出ているアーティスティックなもの。あと強姦っぽい描写は、ヨーロッパでは忌避されていると聞きました。
江崎:「獣姦になってしまうから」という理由で獣人NGな国もありますよ。
増田:現地の出版社が翻訳して出版まで進めてくれるんですが、オファーの段階で、「出版はしたいけれど、この条件は譲れない」といろいろ注意があります。
江崎:「学生」と明言している部分は全部削除されたりしますね。国内でも、大体の出版社は未成年の性描写に関してはとても慎重になっています。
梶川:これだけメディアミックスが盛り上がっていけば、BLを描いたアニメや実写ドラマが世界配信される可能性も当然出てくると思うんです。となると、BLに限らず全部のジャンルに言えることですけど、作り手側がもっとモラルをアップデートしていかなければなりません。「隣の席の子が同性愛者だったときは茶化してもいいんだ」と読者に思わせるような描写を広げることは間違っていますから。
増田:気にかけないといけないことは増えていきますが、気にかけることが当たり前になっていかないといけませんね。10年前に比べると、今はBLというジャンルの認知度もかなり変化して、10年後にはBLを取り巻く環境はさらに変わっているはずです。ラブシーンのない作品であれば、大手一般誌がBL漫画を掲載していたっておかしくない。よしながふみ先生の『きのう何食べた?』だって青年誌連載ですし、今後そういう流れは絶対に出てくると思う。となると、私たち“BL編集者”も今と違った形が求められるのかもしれません。
梶川:とはいえ、BLに関しては、いつでも我々がプロでいたいですね!