絵の仕事に正規ルートは存在しないので描き続けている限り夢は潰えない/カレー沢薫の創作相談

絵の道に進むべきか進路に悩んでいます
私は同業者のサクセスを親の仇のように憎んでおり、実際「親の仇と先日アニメ化が決まった会ったこともない作家、鉛玉を撃ち込むならDOTCH?」と言われたら、シンギングタイムミュージックのジンギスカンが三巡するぐらいの長考に入ります。
よって同業者には極力関わらないようになっているのですが、それよりも関わらないようにしているのが「漫画家志望」のような同業の玉子です。
どれだけパイセンの才能がない人間でも、自分と同じ職業を志す若人を目の当たりにしたら、心にパイセンの中のパイセンである西川貴教ニキが現れて強烈なパイセン風を吹かせたくなるものです。
しかし、漫画業界というのはいつ誰がブレイクするかわからないため、今年先輩風を吹かした相手が来年『呪術廻戦』を描いているという現象が平気で起きます。
そうなったとき、当時吹かせた風が「あのとき吹かせてもらった風です!」と猛烈な向かい風として襲いかかってくるのです。
それを避けるために、同業の玉子とは極力関わらないようにするか、運悪く関わった時は「君は必ず成功する」とかクソ適当なことを言うようにしています。
それで本当に成功したら「ほら言ったじゃんm9(^Д^)」で済みますし、失敗したらしたで「今日は奮発してセブンの枝豆チップス2袋いくか」というちょっと楽しい気分になることができます。
このように、相手は年長者なのだから自分のような若輩に親身に応えてくれるに違いないと考えること自体がスイートなのです。
親身に応えてくれる人もいると思いますが、聞けば聞くほど私のようなクソバイス先輩が混ざる確率が上がります。
よってまず大事なのは「他人に意見を求めすぎない」ということです。
「絵に関する仕事」というビジョンの漠然さ
それで絵に関する進学をするか否かですが、医学部に行った人間しか医者になれないのと違って、絵の仕事は絵の学校に行かなければ就けないというわけではなりません。
しかし、絵の仕事につくにあたり「技術」があるにこしたことはない、というのも確かです。
クリエイティブな仕事に必要なのは、センスとアイディアであり、それは学校で得られるものではないので学校は不要という意見もあります。
技術がなければグッドアイディアを説得力のある形で他人に披露できず、せっかく良いアイディアを思いついても表現する技術がないから断念ということにもなります。
実際私が「極道車3万台で高速を爆走したら面白いんじゃないか」という天才的アイディアを思いついたとしても描けないので描かないと思います。
これは描けたとしても描かないような気もしますが、技術がないせいで仕事の幅が狭まるのは確かなので、絵で食っていきたいというのなら学校で技術を身につけるというのもアリかと思います。
ですが、それ以前に気になるのがあなたの「絵に関する仕事」というビジョンの漠然さです。
まるで18歳の時の自分を見ているようで辛いので、今すぐサマンサタバサの店員とか、私と対極にある仕事を目指してほしいとすら思います。
しかし、当時の私は「クリエイティブな仕事につきたい」と、さらに解像度が低い、dpi3ぐらいのことを言っていたので、まだ絵と限定されているだけ見込みがあります。
私が通ったのはデザインの専門学校だったのですが、専門学校というのは生徒の民度差が激しく、まず「デザイナーになりたい」という明確な目的を持った人、そして我々のような「何かクリエイティブな仕事をしたい人」そして「働きたくはないが、大学受験をするガッツもない、社会に出るのを2年遅らせるためだけに来た」というある意味ビジョンが明確な人に分かれます。
学校で技術が上がるのは当然、デザイナーになるというビジョンが明確な人です。
自分が何になりたいか明確でなければ、どれだけデッサンや色彩について教えられても「それをどこでどう使うのか想像がつかない」ため、因数分解やサインコサインタンジェントを教えられているときと同じで「これ何に使うんや」「自分のやりたいこととは関係ない気がする」という気持ちが拭えず、学習に身が入らないからです。
よって、もし学校に行こうと思うなら、せめて目指す「職業名」ぐらいはっきりさせてから行きましょう。
もし職業名が思いつかないようなら「それで食っていく」という強い意志があるわけではない、ということで絵は趣味にして、もっとつぶしが利く学問に投資した方が賢明かと思います。
またそういうクリエイティブ系の職業を志すと、まずその職業の就くことがゴール、そして次のゴールは「アニメ化」「TENGAとコラボ」などの大サクセスになりがちであり、その間にある「その仕事で65歳まで食っていく」という部分がすっかり抜け落ちている場合があります。
しかし「絵で食っていく」というのはそういうことなので、それを「現実的ではない」もしくは65歳になっても「乳首光沢」みたいなレイヤーを作っている自分を想像して「渋い」と思わないようなら、もっと65歳までそれをやっている自分が想像できる仕事を目指した方が良いです。
じゃあお前は想像ついているのかよ、思うかもしれません。もちろん私もついてませんが、他の仕事で65歳まで食っている自分の方がもっと想像つきませんでした。
絵を描く仕事というのは「そういう人」が最終的に流れ着く場所でもあるので、他に選択肢があるなら、そちらで生きる道もしっかり考えてみてください。
自分のやりたいことを明確にするため学校にいくという考えもあるのかもしれませんが、それは「何が作りたいかはわからないが、とりあえず小麦からだな」というダッシュ村以上の遠回りなので、日テレ以上のバックがついている、という余裕のある立場でなければ危険です。
また目的を定めずに入学すると、目的が定まっている人にドンドン差をつけられます。
つまり「10代絵師の躍進」や「絵に進むと決めた友人」への焦りだけで入学すると余計そういう人たちとの差がついて焦る羽目になるので、理由が周囲への焦りならやめた方がいいです。
描き続けている限り夢は潰えない
それに「絵を描く仕事」というのは漠然としているが故に漠然と就ける場合があるので、学問を志した瞬間絵で稼ぐ望みがなくなるわけでもありません。
「朝起きたら衆議院議員だった」みたいなことはあまりないと思いますが、絵を描く仕事の場合、ツイッターバズというトラックに轢かれて目を覚ましたら企業からPR漫画の依頼が来ていた、という異世界転生みたいことが起こります。
よって、趣味でも描き続けている限りは「絵でお金をもらう」という夢は死ぬまで潰えないので、今しかできない勉強やそこでしか取れない資格があり、そちらへいく意志が強いならそちらを優先したほうが良いと思います。
絵を描く仕事について「中途半端な気持ちはできない」という高尚なイメージを持っているようですが、実際は別の仕事に就いたけどそこであまりにも使い物にならなかったため絵にワンチャンかけてきた、という半端野郎が割と蔓延ってます。
そして、そういう半端野郎が気づいたら大先生になっているという、ハチャメチャな業界です。
あなたが学問の道を選び、4浪の末に8留して「仕方ねえから絵でも描くか〜!」という動機でやってきても、この業界は爪真っ黒な両手を広げて「Welcome」ですので、安心してください。
そもそも絵の仕事というのは、資格もなければ明確な点数がつく試験がわあるわけでもなく、どうしたらなれるのかすら判然としていない、正規ルートが存在しない仕事です。
道が存在しないなら「絵の道が絶たれる」ということもあり得ません。
あるとしたらそれは絵を描くのをやめたときなので、もし勉学の道に進んだとしても、趣味として絵を描き続けていれば、それが新しい道、もしくはブラックホールになる可能性はあるので、どの道に進んでも描くことだけはやめないことをお勧めします。
また「絵の学校への進学」は、道を切り開いているようで、己の選択肢と退路を断つ可能性があります。
学校というのは基本的に結構なお金がかかるので、学費を自分で出すなら良いのですが、親とかに出してもらうと「後に退けない感じ」になってしまいます。
そして、専門学校を出て全く関係ない仕事に就くと「あのとき俺が出した年75万の学費はなんだったのか」という、自分だけではなく、親の心にもしこりを残し、家が変な空気になる恐れがあります。
デザイン学校を卒業後、何事もなかったかのように事務職について家を10年変な空気にした私がいうのだから間違いありません。
つまり、半端野郎でも進めなくはない絵の道を学校に行ったせいで「これだけの金をかけたのだから半端は許されない」というセルフ背水の陣にしてしまう恐れがあります。
どうしてもなりたい職業なら自ら退路を断つのも良いかもしれませんが「絵の仕事」という漠然とした気持ちであれば、ヘンゼルとグレーテルみたいに、自分の背後にマキビシを撒いて戻れなくしない方がいいのではないでしょうか。
最後に大事なこと
このように一見親身に答えているような私ですが、本音はもちろん絵の仕事でサクセスして欲しくないし、1人絵描きが増えればその分ロケットエンピツみたいに1人押し出されてしまうので、この業界に来てほしくないと思っています。
ロケットエンピツなどというこれから進路を決める若人が絶対わからない単語を使うのも同業の玉子に対する嫌がらせですし、なんだったらジンギスカンのあたりから嫌がらせに入っています。
このように人に相談したところで相手は悪意100%でしかないこともあるので、やはり自分で決めるのが一番です。

カレー沢先生、こんにちは。創作相談を楽しく拝読させていただいています。
最近、絵についてどう捉えたらいいのかわからなくなりました。以前、何の気なく絵に関する仕事につきたいと思っていましたが、現実的な問題と絶対的な情熱に欠けているので趣味でもいいのではないかと思い始めました。
それこそお金がもらえるくらいの絵が描けるよう上達したいとは思っています。しかし、絵に関する進学より、学びたい学問を優先したい気持ちが強いです。
仕事か趣味か、勉学か絵か。両立は難しいのではないか、と不安です。友人が本格的に絵に関する進学を考えていて、置いていかれているような気持ちです。
もちろん、私の努力次第なのですが、描いてはこれじゃないを繰り返して同じようにしか描けないことに辟易して逃げているのも事実です。
そんな中で10代の絵師の活躍を見ると、私のように勉強しながらなんて中途半端ではだめなのではないかと思ってしまいます。カレー沢先生はどう思いますか……?