声優と一緒にお芝居を考えるのも仕事/声優マネージャー「大沢事務所」

インタビュー/直江あき
アニメが大好き! でも絵が描けないからアニメに関わる仕事は出来ない……と思っている人はいませんか? 実は、絵が描けなくてもできるアニメの仕事はたくさんあるんです。声優マネージャーもそのうちのひとつ。
今回は、花澤香菜さんや茅野愛衣さんといった有名声優も所属している大沢事務所のマネージャー・江崎さんにインタビューをしました。声優のマネージャーという仕事の主な内容や、やりがいなどを聞いちゃいます。
声優個人ではなく取引先ごとに担当

── 声優のマネージャーのお仕事内容を教えてください。
弊社の場合、分野ごとに担当のマネージャーがおり、私はアニメやゲームなどの分野を主に担当をしています。仕事内容としては、スケジュールの調整・管理、依頼内容の詳細確認、出演可否の判断、内容や条件の交渉、役者の営業、収録素材の回収、アニメやゲームのオーディションの対応、新人発掘、新人声優への指導、イベントや撮影現場での対応など、やることは多岐に渡りますが、基本的には役者が仕事に集中できるように環境を整えるのが仕事です。
アニメやゲーム作品で声優をキャスティングする際、音響制作会社から声優事務所へ依頼が来ることが多いです。声優個人への指名の場合は、こちらで内容を確認した後、役者と出演の可否を相談し、マネージャーが条件やスケジュールなどの調整を行います。
── 担当している声優さんにはどのような方がいますか。
事務所によって違いますが、弊社の場合は声優個人を担当しているわけではなく、音響制作会社といった取引先ごとに担当しているんです。作品ごとに担当のマネージャーが違う、といったほうがわかりやすいかもしれません。1人の声優に対していろんなマネージャーがそれぞれ担当している取引先の仕事をお願いする形となっています。
── 声優さん個人ではなく、取引先ごとに担当が分かれているのは意外でした。
基本的には上記のような担当分けなのですが、1人のマネージャーがついてスケジュール管理をする場合もあります。私も以前は茅野愛衣の個人担当をしていましたが、今はいろんなマネージャーがそれぞれ自分の案件を茅野にお願いしています。役者に対してマネージャーの数が少ないのでそうせざるを得ないという面もありますが、関わるマネージャーが多いほうが仕事の幅も増えますし、声優本人の可能性は広がると思います。
オーデションはマネージャーのセンスも必要
── 自社の声優さんを売り出すために、イベントなどの営業活動をやることもあるんですか?
新人を売り出すためにイベントをすることはほとんどありません。声優はアニメやゲームなどの作品でキャラクターを演じない限りは認知されないので、プロモーションはオーディションに受かってから行います。まずオーディションに受からないことには何も始まらないですね。
いろんな考え方はあると思いますが、私はとにかくオーディションに受かって役を勝ち取ってもらうために全力を尽くしています。
── オーディションの場合、どのように役が決まるのでしょうか?
音響制作会社から1人の声優さんに、この役を受けて欲しいと指名がくる場合もありますが、所属役者の中から何人かを推薦する場合も多いです。その時はまず、私が所属役者の中から役に合う候補者を決めて、事務所のスタジオで台本を読んでもらい、オーディション用の音源を録音します。
ただ、新型コロナウィルスの感染予防のため、自宅での収録環境が整っている役者には、自宅で収録してもらうことも増えています。
── 仮のキャスティングを行うわけですね。オーディション用音源はどのように録るのでしょう。
いくつかセリフを読んでもらってから、「こういう風に演じた方がいいんじゃないか」とか「このシーンはもっと感情を込めて読んでみよう」など役者と相談しながら収録します。私は演技経験があるわけではないですし、どういうふうに伝えたらいいかは役者によって違うので、いつも試行錯誤しています。
録音した音源でのオーディション(一次選考)に通過すると、次はスタジオでのオーディション(二次選考)が行われることが多いですが、一次選考で決まる場合もあります。
── スタジオでオーディションを行う場合は、どのようなアドバイスをするんですか?
音響制作担当者から求められているお芝居の方向性を事前に聞いたり、オーディションに立ち会える場合は、スタジオで音響監督や監督が伝えていたことを覚えておいて、次にオーディションを受ける子に伝えるようにしています。一つの役でも感じ方や演じ方や捉え方は人それぞれ違っていて正解はありませんが、その作品で求められているキャラクター像は現場で制作に携わっている人たちの意見なので、その意見を逃さないようにしています。
── 現場の意見が見えない事務所でのオーディション音源の録音は大変ですね。
そうですね、事務所で収録する場合は、お芝居の方向性やセリフをどう解釈するかなど、自分たちだけでは分からないことが多いので大変です。
どの方向性でお芝居をするのか迷ったまま演じてしまうと、迷いが声に出てしまうので、一つの方向に定めてあげることもあります。自分が導いた方向の芝居を提出するので、次に繋がらなかったときには自分のセンスがなかったと痛感して落ち込みますね。
── 声優さんだけでなく、マネージャーさんもショックを受けるんですね。
自分がアドバイスをして導いたので責任も感じますし、「やりすぎないで自然な感じにすればよかったのか」などと後悔しますね。
しかも、オーディション用の台本は、原作や脚本から一部の台詞を抜いていることが多いので、本編に同じようなセリフがあるんです。オンエアを観れば正解が分かるので、自分の失敗を痛感することになります。
新人の発掘、育てるのもマネージャーの仕事

── 他にはどのような業務がありますか?
── 新人の声優さんを育てるために、どのようなことを行っているのでしょうか?
私の場合は、事務所で録るオーディションの際に、指導することが多いです。
アニメのオーディションで役が決まった場合は、制作側にアニメ収録を見学させてもらえるように相談して、まずは現場(スタジオ)の空気感や立ち振る舞いなどをイメージしてもらうようにしています。大勢でスタジオに一緒に入って、出番の人がマイク前に移動して、自分の台詞が終わったらマイク前から外れて、席に座るという「マイクワーク」は実際にスタジオ内に見ないと分からないので、できるだけ現場を体験してもらっています。
ただ、今は新型コロナウイルス感染防止のため、スタジオ内には3〜4本のマイクの本数分しか役者は入れませんし、収録の見学も出来ません。収録は自分専用のマイクになるため、マイクワークができない子になってしまうのではと心配しています。
── コロナの影響でマネージャーの働き方も変化したのでしょうか。
1日の働き方も大きく変わりましたね。事務所の営業時間ももとは10時から19時でしたが、現在は短縮営業になっています。取材や撮影、イベントなどの現場に帯同しますが、音声収録の現場は、スタジオ内の立ち入りの人数を制限しているため、マネージャーは入れないことが多くなっています。制作側と話す機会もないので仕事がやりにくいですね。
── 通常であれば、制作側とはどのような話をしているのでしょうか。
くだらない話もしますが(笑)、「こういう案件来てるけど、どうする?」という仕事の相談をされたり、新人の営業をすることもあります。
マネージャーの仕事は簡単に言うと、確認して調整して交渉して……といったコミュニケーションの繰り返しなので、取引先と気軽に話せる仲になると、仕事が円滑に進みやすいですし、相談を受けて仕事に繋がる場合もあります。
以前は仕事帰りに制作やメーカーの方と飲みに行っていたんです。営業トークはあまりしない、ほぼプライベート感覚の飲み会でしたね。営業トークをすると距離が離れてしまう感じがするので、あまりしないようにしています。気軽に話せる関係が出来るほうが結果的に仕事に繋がることが多いので、営業に関してはあまり考えず楽しむことを優先していました(笑)。私は飲むことが大好きなので、昨年の2月から飲み会が一切なくなったのは辛いです。
今年の1月から『おとなの週末』で茅野の「コヨイのカヤノ」というお酒と食事に関する連載が始まり、その仕事ではお酒が飲めるので嬉しいですね。茅野のお酒関連の仕事は私が担当してることが多いです(笑) 。
大学時代にバイトで入社し、社員に

── 声優のマネージャーになった理由を教えてください。
一番の要因は、就活に疲れたからですね(笑)。もともとは生命保険会社を志望していたのですが、3年生の夏のインターン最終面接で落ちてしまい、就活に身が入らなくなってしまったんです。
ゲームは幼少のころから好きでしたが、大学時代からアニメにどっぷりハマったので、 アニメ関連の仕事をするとしたらどこだろうと考えました。完全に現実逃避ですよね(笑) 。
── たくさんの仕事のなかでなぜ声優のマネージャーだったのですか。
クリエイティブな能力はないので制作サイドは無理だと思い、「アニメって制作じゃなかったら何があるの?」と考えたとき、私はアニメを見るときに「この役の人、前はあのアニメであの役をしてたな」といったことを考えるのが好きだったので、声優のマネージャーなら面白いんじゃないかなって思いついたのがキッカケです。
そうしていろんな会社を見て、当時一番条件がよさそうな会社を調べました。弊社は新卒採用を行っていなくて、必要な時に募集するスタイルなので、大学3年生の私が電話をかけたら、対応してくれた人は戸惑っていました(笑)。大学3年の3月から(最終面接の翌週から)、まずはアルバイトとして働いて、 卒業と同時に社員になりました。
── どうして生命保険会社を志望していたんですか?
え、そこ聞きますか?(笑)。人が持っている将来への漠然とした不安を和らげたいと思っていました。保険によって不安が少しでも解消されれば、精神的にも豊かな暮らしができると考えていたんです。
── もともと人を支える仕事がしたかったんですね。
良いこといいますね! 役者が収録やさまざまな現場に行く際に、不安な気持にならないよう事前に調整することをいつも心がけています。 事前に確認や相談をすれば現場ではそんなに大きな問題は起こらないので、事前のやり取りを大事にしています。
15年で声優の仕事も、マネージャーの仕事も変わった

── マネージャーになる前に想像していたこととのギャップってありますか?
具体的な業務をあまりイメージしていなかったので、働く前とイメージは変わりません(笑)。私が就職した当時は、声優が表に出てることがあまり多くなかったですし、マネージャーも思っていた通りに地味な仕事でしたから。
むしろ、働き始めてから現在までのギャップをすごく感じます。僕が入社した15年前は、声優業界がここまで盛り上がるとはまったく思っていませんでした。
でも、今は声優がテレビに出たり、声優が表に出てプロモーションすることが当たり前になりましたよね。表に出ると調整することが増えるので、やることが多くて大変ですね。
基本的には役者の予定が優先なので、自分の予定は立てられないんですよ。役者に帯同しないといけない案件が何もなければ休めますが、直前で仕事が入る場合もあるため、事前に予定を立てにくいですね。
── 忙しさのあまり、このお仕事を辞めたいと思ったことはありますか?
忙しさに関しては、飲食以外に趣味がないので大丈夫なんですが、オーディションに落ち続けたときは辞めようかなと思いますね。マネージャーとしての才能がないんじゃないか、いま求められている芝居がわからないんじゃないかと自信をなくすときもあります。
クリエイティブなことが必要ないと思ってマネージャーになったのに、オーディションのときに自分で考えて役者にディレクションをしないといけない。ただ、最近はあまり強くは自分の意見を言わないようにしています。役者本人が考えていることと私が考えていることが違うから面白いと思うので、お芝居の方向を導くことを大事にしています。
── 最近のオーディションの仕事で、手応えがあったものはありますか?
今年の4月から『さよなら私のクラマー』という新川直司さん原作のアニメがスタートしますが、島袋美由利が決まったのは嬉しかったですね。事務所から何名か推薦して応募するときは、配役も自分で決めるんですが、自分で考えたキャスティングの通りに役が決まったときはすごく達成感があります。
同じ原作者の『四月は君の嘘』で種田梨沙がヒロインとして出演していたんです。だから今回のオーディションの案内が来たとき、「絶対に決めてやろう」と思いました。オーディションは事務所で録音した音声を先方に送る形だったので、自分が考えつくキャスティングを全て試して録音したんです。その結果、見事主人公に選ばれました。自分が思い入れのあった作品の原作者の次の作品にも関われたというのは誇らしい気持ちです。
── キャスティングのために、普段から意識して情報収集を行っているのでしょうか?
入社した当初は、オンエア中の1話はほとんど全て見ていました。アニメ自体は以前からよく見ていましたが、出演者の演技やクレジットのスタッフ部分を気にするようになりました。
アクション系だと熱い演技というように、作品によって求められているお芝居は違います。
マネージャーは、オーディションのときにキャスティングを行わなければならないので、「この作品にはこういう芝居感だ」とすぐにイメージできる必要があります。時代によって求められるお芝居も変わるので、いろいろな作品を観て研究しています。
原作がある場合は読みますが、今NHKで放送している子ども向けアニメ『オトッペ』のように、原作がないもの(オリジナル作品)は特に悩みます。キャラクターのメインビジュアルと、設定を渡されるだけなので、どんな役かわかりませんよね。その時は、とにかくいろんなパターンを録って「これだ!」と思ったものを送ります。
ちなみに、『オトッペ』は今年の秋に映画が公開されます。弊社所属の役者が多く出演していますし、誰にでもオススメ出来る作品ですので、ぜひご覧くださいませ!
── これまでのお仕事で、思い出深い作品はありますか?
前回インタビューを受けていた、スタジオマウスの石黒さんと同じなのですが、「Fate」シリーズですね。2006年に放送されたテレビアニメ『Fate/stay night』の収録現場に行くことができたのは感動しました。『Fate/Zero』のオーディションから今もずっと担当させて頂いています。今は表に出るプロモーションなどは後輩に引き継いでいますが、収録に関係する制作周りの仕事は私が担当をしています。もともと好きだったものに関われたのは嬉しかったです。
── ありがとうございました!