「ギリギリ入稿なのを改善したい」でも頑張ろうとするのではなく楽しもう/カレー沢薫の創作相談

文/カレー沢 薫
毎回ギリギリ入稿なのを改善したい
プロ作家の薫先生、という呼び名が新鮮すぎて別の誰かと間違えて相談していないか心配になりますが、確かにプロ作家の多くが使っている締切を守るコツ、というのはあります。
それは「仕事だから」です。
おそらくあなたも平素は「プロ会社員」などとして、決まった時間に出社したり納期などを守って仕事をしていると思いますが、それで私に「週5で9時に出社して8時間働く秘訣を教えてください」と聞かれても「仕事だから」としか答えようがないでしょう。それと同じことです。
商業作家に同人の締め切りを守るコツを聞いてもあまり参考にはなりません。
聞くなら同じく会社員をしながら同人誌を余裕入稿している異形か、商業作家をやりながらコミティア原稿を早割りし、Xに「落書き」と称して立派な作品を挙げているタイプの変態に聞いた方がいいと思います。
しかし「仕事だからできる」という点にはヒントがあるかもしれません。
何故仕事なら期日や約束を守れ、耐えがたきを耐え忍び難きを忍べるかというと、まずは生活のため、そして約束を破ることで怒られたり自分の信用を落としたりしたくない、そして会社や一緒に働く人間に「迷惑をかけたくない」という気持ちがあるからだと思います。
「アンソロ主催の時だけ早割できた」というのが物語っているように、あなたは責任感が強く、他人に迷惑をかけたくないという気持ちが非常に強いタイプだと思います。
逆に言えば、例えやらなくて自分にしか影響が出ないことであれば、つい後回しにしたり、投げ出したりしてしまうものなのです。
ダイエットが失敗しがちなのも、挫折したところで自分が一生デブなだけで、自分が1キロ太る度に他人の指が1本落とされたりトキが1匹死んだりするシステムではないからです。
よって、同人誌も自分一人でやるのではなく1枚でもゲスト原稿をもらうなど、少しでも他人を絡ませれば、絶対に落とせないという使命感から巻きで作業をするようになるのではないでしょうか。
Xで「次の新刊は絶対に早割する」と宣言するだけでも気持ちが変わるかもしれません。
仕事じゃないんだから落ち込む必要はない
しかし「仕事と思ってきちんとやる」のではなく、「仕事じゃねえんだからよ」と思った方が早いし、楽だと思います。
毎回スペースを取って原稿を落とし、空席を作るようなら改善した方がいいですが、ギリギリでも間に合っているのならそれでいいのではないでしょうか。
そもそもプロだって締切ギリギリの作家は多いですし、諦めたら試合終了、つまり「俺が諦めてないから締め切りは終わっていない」と安西先生クソ改変をしてくる作家もいます。
まして、計画的に余裕入稿などプロでもレアなのではないでしょうか。
つまり、あなたは「ウサインボルトより早く走れません」と悩んでいるようなもので、落ち込む必要がないことに落ち込んでいると言えます。
あなたの自己嫌悪は怠けや能力不足ではなく、目標を無駄に高く設定しているせいで起こっているものだと思うので、もっと頑張ろうとするより、もっと同人活動を楽に考えるようにした方がいいのではないでしょうか。
節約もいいが、それは20年続けている大事な趣味
この物価高ですので、早割で印刷代を節約したい、という気持ちもわかります。
しかし、趣味に対し「節約」という発想が出て来るのはあまり健全とは言えません。
同人誌即売会でDB(ドスケベブック)の山を目の前にして「どれもほしいけど節約しなきゃ」と言っている奴がいたら「お宝の山を前にして何てもったいないことを言っていやがるんだ」と思うでしょう。
節約というのはお菓子やジュースを我慢することではなく「自分にとってどうでもいいもの」から削っていくのが鉄則であり、仕事帰りのファソタグレープのために生きているというならそれは絶対に削ってはいけない必要経費なのです。
あなたにとって同人は20年続けている大事な趣味であり、それに比べればどうでもいい出費がまだ他にあるでしょう。
その出費を節約し、その分同人誌に関しては気持ちよくホログラム極道割増入稿をキメた方が良いのではないでしょうか。
ガッツでカバーしようとしたら死に直結する年齢
アラフォーだから、ギリギリ入稿は体に悪いからやめたい、というのも良くわかります。しかし加齢により体力が落ち、手も遅くなっているので、今から原稿スピードを上げるのは至難の業であり「早めに取り掛かる」以外の方法はないのですが、「まだ余裕がある」という油断から集中力散漫となり結局ギリギリになることが目に見えてます。
もはやガッツでカバーしようとしたら死に直結する年齢なので「原稿が間に合うように自分が頑張る」という発想は捨て、逆に原稿の方に「俺に合わせろ」という敬老精神を求めていった方が良いのではないでしょうか。
具体的に言えば本のページ数を減らす、イベント参加頻度を減らす、などです。
それも寂しいかもしれませんが、これからも同人活動を健やかに続けたいなら、自分の健康と体力に合わせた楽しみ方をしていくことも必要だと思います。
もしくは「朝描く」というのもおススメです。
仕事から帰って原稿に取り掛かったところで、すでに集中力と体力が切れているため、作業が進まず、進まないから寝不足になるという悪循環に陥りがちです。
「起きた瞬間疲れてる」でおなじみの我々中年ですが、そうは言っても寝起きは一番電池残量が多いので、夜漫然と3時間描くより、早寝して朝30分集中して描いた方が効率的でクオリティも高く、もちろん健康にも良いです。
「もっと頑張りたい」ではなく「十分やっとる」
ですが、やはりそこまでストイックになる必要はないと思います。
社会人として出社時間や納期を守り、さらに趣味の世界でも早割を目指してもっと計画的にやりたい、というのは実質週休ゼロ日であり、偉いというよりセルフ労基違反として基準局に出頭レベルなので、意識を「もっと頑張りたい」から「十分やっとる」に変えた方がいいのではないかと思います。
現実の疲れを癒し、社会では得られぬ達成感や肯定感を得るのが趣味であり、創作活動だと思うので、疲弊と挫折、さらに自己嫌悪までするような目標を立てるべきではありません。
原稿は間に合った時点で100点なのに、「もっと頑張れば108点はいけたんじゃない?」と言って褒めない毒親ムーブを自分にするのはやめて、ギリギリでも間に合わせ20年続けたことを評価し、もし落としたとしても「死ぬわけじゃなし」と自分に対し寛大な気持ちで活動してみましょう。
ちなみに商業だと、経済的、作家生命的に本当に死ぬ場合があるのでその言い訳はあまり使えません、使えるものは使ってみてください。

いつも楽しく拝読しています。二次創作でサークル活動をしているアラフォーです。
同様のお悩みは恐らく沢山来ていると思いますが、どうすれば計画的に原稿ができる人間になれるでしょうか?
同人活動を始めて20年が経ちましたが、毎回ギリギリ入稿で、早割入稿の経験がアンソロを主催した時の1回しかありません。
早割入稿で凝った加工の本を作りたい気持ちと、昨今の物価高で印刷代を抑えたい気持ちがあるのですが、計画的に原稿をこなすことが出来ずにいつもギリギリの入稿になります。アラフォーなのでこんな原稿の仕方は身体にも良くないですし、どうにか改善したいです。独身かつ一人暮らしで時間はあるのに、毎回〆切デッドレースをキメている自分が情けないです。
プロ作家の薫先生に計画的な原稿の秘訣をアドバイス頂けたら嬉しいです。宜しくお願い致します。