甲冑好きによる甲冑好きのための甲冑部屋!? 個性的すぎるヤマーーダ氏の作業場とは #DESKWATCH
イラスト、漫画、アニメ、動画、音楽……さまざまなジャンルで活躍するクリエイターたちの作業机にスポットを当てる連載企画『#DESKWATCH』。珠玉のクリエイティブがどのような環境で生まれるのか、プロのクリエイターはどんなツールを使っているのか、写真とインタビューでじっくり迫ります!
第2弾となる今回は、pixivユーザー企画「pixivファンタジア」をはじめ、多数の中世イラストや、「となりのヤングジャンプ」で漫画『竜と勇者と配達人』を連載中のヤマーーダさんのデスクに密着。中世ヨーロッパと見まごう、とてもユニークな作業場に注目です!
インタビュー:伊藤桃香(ヴィ) 撮影:関口敬文(ヴィ)
作業中のマストアイテムは、甲冑!?
まるで博物館のごとく甲冑に囲まれたスペースで、資料片手にラフを描くチュートンナイト……あまりにも現実離れした光景に、ちょっと我を失いかけたものの、ここは正真正銘ヤマーーダさんの作業場です。
写真に納まりきらない部分にも、兜やガントレットなどが所狭しと並んでおり、別室には武器(剣やメイス、ボウガンまで!)も置かれていました。
いろいろとツッコミ……もとい聞きたいことが山盛りなので、早速インタビュー開始です!
──作業ツールの中で、お気に入りのソフトウェアはありますか。
CLIP STUDIO PAINT(以下クリスタ)、SAI、Photoshopを用途によって使い分けています。クリスタは主に線画作業で、選択範囲ツールが特に便利だと思います。塗りはSAIで、編集がフォトショという感じです。
──クリスタの選択範囲は、具体的にどういうところが便利ですか。
自動選択ツールですね。多少線が途切れていても、閉じているものとして選択してくれるので、私みたいにキッチリ線を引かない人間にとっては大変ありがたいです。
あと、クリスタは複数のツールのショートカットを同じキーに登録すると、そのキーを押すたびにツールが切り替わるので便利です。
これはモノクロや線画の場合ですが、ペンタブの二つのサイドスイッチのうち、片方をペン/消しゴムの切り替えに、もう片方をアンドゥに設定しています。 そうすると、ほとんどの作業を右手だけでまかなえるので、左手をキーボードに添える必要がなくなるという利点があります。
私はペンは1種類でサイズもほとんど変えないので、空いた左手は資料を持ったり、作画用に手のポーズを取ったり、何もしなかったりしています。
あと、クリスタは複数のツールのショートカットを同じキーに登録すると、そのキーを押すたびにツールが切り替わるので便利です。
これはモノクロや線画の場合ですが、ペンタブの二つのサイドスイッチのうち、片方をペン/消しゴムの切り替えに、もう片方をアンドゥに設定しています。 そうすると、ほとんどの作業を右手だけでまかなえるので、左手をキーボードに添える必要がなくなるという利点があります。
私はペンは1種類でサイズもほとんど変えないので、空いた左手は資料を持ったり、作画用に手のポーズを取ったり、何もしなかったりしています。
▲ペンのサイドスイッチに、ブラシと消しゴムのショートカットを割り当てているとのこと。シンプルイズベスト!
──作業中のマストアイテムはありますか。
甲冑……と言っては駄目でしょうか。
──大丈夫です(笑)。甲冑がマストアイテムというのは、資料として?
いえ、着用します。
やはりですね、人間、アホなことをしているとその分、心のどこかで「生産的なことをしたい」という思いが沸き立ってくるものだと思うのですよ。
やはりですね、人間、アホなことをしているとその分、心のどこかで「生産的なことをしたい」という思いが沸き立ってくるものだと思うのですよ。
──作業中にBGMは聴きますか。
私の場合、切迫度合いに応じて三種類ほどの使い分けをしています。
まず、通常の作業をするときは、PCに入っている音楽を適当に再生します。
次に、多少急いだ方がいい場合はメドレーを流します。「今はこの曲だから、作業開始から30分経った、もう少し急がないと」というふうに、耳から入ってくるBGMが常に時間と紐付けられるので、強制的に時間意識が植え付けられて便利です。
最後にどうしても急がねばならない場合は、イントロだけを延々ループさせるBGMを流します。知ってるはずの曲なのに、いつまで経っても始まらない。これが実にもどかしくて、「この牢獄から抜けるには作業を終わらせるしかない……」という心境になります。
まず、通常の作業をするときは、PCに入っている音楽を適当に再生します。
次に、多少急いだ方がいい場合はメドレーを流します。「今はこの曲だから、作業開始から30分経った、もう少し急がないと」というふうに、耳から入ってくるBGMが常に時間と紐付けられるので、強制的に時間意識が植え付けられて便利です。
最後にどうしても急がねばならない場合は、イントロだけを延々ループさせるBGMを流します。知ってるはずの曲なのに、いつまで経っても始まらない。これが実にもどかしくて、「この牢獄から抜けるには作業を終わらせるしかない……」という心境になります。
──(イントロループを聞いて)……確かに、非常に……その……もどかしいですね……!!
コレクションの総額は、あまり考えたくないですね
──仕事場の甲冑が目を引きますが、甲冑や中世の世界を好きになったきっかけは何ですか?
学生時代、RPGツクールのようなものでゲームを作っていたころ、ファンタジーの下敷きとなる中世ヨーロッパの資料を集め出しました。調べていくうちに、ダサさと格好良さの双方を包含する中世甲冑を愛しく思うようになり、気がついたら今に至る……という感じです。
ここまで自分のアイデンティティに鎧が食い込んできたのは、いつだったか覚えていないのですが……pixivに初めて投稿したイラストが、バケツヘルムをかぶった女子高生なので、この頃にはもう道を踏み外していたのだろうと思われます。
ここまで自分のアイデンティティに鎧が食い込んできたのは、いつだったか覚えていないのですが……pixivに初めて投稿したイラストが、バケツヘルムをかぶった女子高生なので、この頃にはもう道を踏み外していたのだろうと思われます。
▲いかついヘルムをかぶった女子高生という、なんともシュールな1枚。
──室内の武器防具コレクションも、その頃から集め始めましたか?
大学生の頃からぽつぽつ集めてはいたのですが、それらはほとんど映画のレプリカなどです。約1年半前に“ヘヴィファイト(※)”という趣味を始めてから、本格的に実際に使用できる武器や鎧を集め始めました。
棚の肥やしにしかならないと思われていた甲冑を、実用できるスポーツがあると聞いたのがきっかけです。漫画のネタにでもなるならと取材と体験に行って見事にハマりました。
棚の肥やしにしかならないと思われていた甲冑を、実用できるスポーツがあると聞いたのがきっかけです。漫画のネタにでもなるならと取材と体験に行って見事にハマりました。
※ヘヴィファイト…甲冑を着込み、武器を用いて戦うスポーツ/競技。基本的に1対1あるいはチーム戦で戦い、有効打を入れた方が勝ちとなる。
──ちなみに、コレクションの総額は……。
あまり考えたくないですね。
ただ、現状はまだ比較的安価帯のものを各種揃えているといった具合なので、個々のパーツの値段はそこまで高くはありません。甲冑バトル競技用に一式揃えるなら、20万円くらいが相場だと思います。
もちろん、上を見ればキリがありませんし、逆に見た目にこだわらないなら樹脂(プラスチック)製の安い鎧なんかもあります。
ただ、現状はまだ比較的安価帯のものを各種揃えているといった具合なので、個々のパーツの値段はそこまで高くはありません。甲冑バトル競技用に一式揃えるなら、20万円くらいが相場だと思います。
もちろん、上を見ればキリがありませんし、逆に見た目にこだわらないなら樹脂(プラスチック)製の安い鎧なんかもあります。
──送料はどれくらいかかるものなのでしょうか?
例えばこの兜(上の写真)は2万円弱くらいですが、送料が6,000〜7,000円かかっています。
アメリカは船便がなくなってしまったため、個人輸入レベルだと意外とロシアやウクライナの方が安かったりします。以前中古の腕鎧を注文した時、腕鎧自体は30ユーロで送料が80ユーロ……といったこともありました。
また、インドは安い人件費を利用した量産品を得意としています。ただ、品質は今一歩落ちるので、競技の安全性に関わるパーツを買うのはちょっとお勧めしません。
今この部屋にある鎧はアメリカ、ウクライナ、あとはロシア産がほとんどです。
アメリカは船便がなくなってしまったため、個人輸入レベルだと意外とロシアやウクライナの方が安かったりします。以前中古の腕鎧を注文した時、腕鎧自体は30ユーロで送料が80ユーロ……といったこともありました。
また、インドは安い人件費を利用した量産品を得意としています。ただ、品質は今一歩落ちるので、競技の安全性に関わるパーツを買うのはちょっとお勧めしません。
今この部屋にある鎧はアメリカ、ウクライナ、あとはロシア産がほとんどです。
▲部屋のラックにはメイスや斧、シールドなどが……!! 装飾品のほか、ヘヴィファイト用に利用するものが陳列されていました。
──先ほどお話しいただいたヘヴィファイトについて教えてください。
昔の戦士たちの戦いをデフォルメ・競技化したスポーツです。ルールに則った武器と鎧で戦い、有効打を食らったら負けというものです。そこだけ見れば剣道っぽいかもしれませんが、手足に攻撃を受けるとその部位は使えないといった部位破壊のルールもあります。
日本では競技人口やスペースの都合で1対1がメインですが、本場のアメリカでは大規模な集団戦も行われています。
元々アメリカのSCAという団体がこの競技の元祖です。
関東では目白の『キャッスル・ティンタジェル』と、バケツヘッドという方が個人で主催している練習会『暗黒学園』。関西では『アヴァロン』という団体が練習会などを開いています。
私は関東在住なので、前述の暗黒学園やキャッスル・ティンタジェルをぶらぶらしつつ遊ばせてもらっています。
当方のブログにも解説記事があるので、ご興味があればご覧ください。
日本では競技人口やスペースの都合で1対1がメインですが、本場のアメリカでは大規模な集団戦も行われています。
元々アメリカのSCAという団体がこの競技の元祖です。
関東では目白の『キャッスル・ティンタジェル』と、バケツヘッドという方が個人で主催している練習会『暗黒学園』。関西では『アヴァロン』という団体が練習会などを開いています。
私は関東在住なので、前述の暗黒学園やキャッスル・ティンタジェルをぶらぶらしつつ遊ばせてもらっています。
当方のブログにも解説記事があるので、ご興味があればご覧ください。
魅力的な中世イラスト、その制作スタイルを探る!!
──制作について聞かせてください。とても魅力的なヴィネットを描かれますが、小さな箱庭のなかに描きたい要素をうまくまとめるコツや、描く際に気をつけている点はありますか?
そもそも毎回うまくまとめられてないのですが……私の場合は描きながら考えていることが多いです。
作業中は手は動かしていても頭は暇だったりするので、このキャラとあのキャラにネタを仕込もうとか、ここに気の利いたオブジェクトを置こうとか、描きながら細部の枝葉を増やしています。
ある程度はラフ段階で決めますが、仕上げ時にはいつもラフより要素が増えています。
作業中は手は動かしていても頭は暇だったりするので、このキャラとあのキャラにネタを仕込もうとか、ここに気の利いたオブジェクトを置こうとか、描きながら細部の枝葉を増やしています。
ある程度はラフ段階で決めますが、仕上げ時にはいつもラフより要素が増えています。
▲ヤマーーダさんの特徴的なヴィネットスタイルのイラスト。描き込まれたキャラクターやオブジェなどに引き込まれます。
──中世ファンタジーに興味がある方にオススメの参考書やサイト、もしくは勉強法を教えてください。
個人的には弊誌『十三世紀のハローワーク』と言いたいところですが、それはいったん置いておきまして。
岩波書店の『輪切り図鑑 ヨーロッパの城―中世の人々はどのように暮し、どのように敵と戦ったか』は面白いと思います。中世の城がジオラマのように描かれていて、当時の文化や細かな装飾まで、イラスト入りで解説されています。眺めているだけでも大変楽しい本です。
それと近世になっちゃいますが、論創社の『パリ職業づくし—中世から近代までの庶民生活誌』もオススメです。さまざまな職業について解説されていて、私の同人誌の元ネタにもなっている本です。
あとは筑摩書房の『中世を旅する人びと—ヨーロッパ庶民生活点描』は、タイトル通り中世ヨーロッパの名もなき人々……庶民についての書籍です。例えば川渡しや居酒屋の人々などの世界を知る入門書として面白いと思います。
岩波書店の『輪切り図鑑 ヨーロッパの城―中世の人々はどのように暮し、どのように敵と戦ったか』は面白いと思います。中世の城がジオラマのように描かれていて、当時の文化や細かな装飾まで、イラスト入りで解説されています。眺めているだけでも大変楽しい本です。
それと近世になっちゃいますが、論創社の『パリ職業づくし—中世から近代までの庶民生活誌』もオススメです。さまざまな職業について解説されていて、私の同人誌の元ネタにもなっている本です。
あとは筑摩書房の『中世を旅する人びと—ヨーロッパ庶民生活点描』は、タイトル通り中世ヨーロッパの名もなき人々……庶民についての書籍です。例えば川渡しや居酒屋の人々などの世界を知る入門書として面白いと思います。
▲残念ながら絶版となっているヤマーーダさんの職業本『十三世紀のハローワーク』。希望が多ければ再版もするかも……?
──イラスト作業は集中してやるタイプでしょうか? 効率化のポイントがあれば教えてください。
昔は、いかに集中して作業できるかを自分との戦いと位置づけていましたが、負けてばっかりなので戦うことはもうやめました。作業せざるを得ない状況に追い込むとか、やる気がなくても作業できる体制にする、という考え方に振っています。
自分の漫画は線を引いてカケアミを描くくらいのことしかしていないのですが、これも「ペン1種類と消しゴム1種類だけである程度まかなえる」という条件から逆算して組み立てたタッチになります。少ない集中力で生きていくために、使うツールを極力絞っていった感じです。
自分の漫画は線を引いてカケアミを描くくらいのことしかしていないのですが、これも「ペン1種類と消しゴム1種類だけである程度まかなえる」という条件から逆算して組み立てたタッチになります。少ない集中力で生きていくために、使うツールを極力絞っていった感じです。
──現在の環境で困っていること、改善したいことはありますか。
部屋を広げたいです。世界中の鎧とブリガンダインをひと通り飾れる部屋と、甲冑バトルの練習と対戦ができる程度のスペースと、鉄板を叩いても近所迷惑にならない程度の作業場と、馬車か戦車(チャリオット)を置ける程度の駐輪場がほしいですね。
あと作業関連ということで言えば、ずぼらな性格ゆえにどうしても机の周囲に参考書籍の山ができがちなので、そこが悩みどころです。 「山」を収納する、一次置き場専用の本棚でも用意しようかとも考えています。
あと作業関連ということで言えば、ずぼらな性格ゆえにどうしても机の周囲に参考書籍の山ができがちなので、そこが悩みどころです。 「山」を収納する、一次置き場専用の本棚でも用意しようかとも考えています。
──最後に、最近の活動などについて教えてください。
最近の活動というと、鎧を着てバトルを。
──作家活動についてお願いします(笑)。
ライトノベルやゲームのイラストも制作していますが、漫画を始めたら時間がなかなかとれなくなってしまいました。というわけで、「となりのヤングジャンプ」で『竜と勇者と配達人』を連載しています。単行本第1巻は、今年の末くらいまでに出せればと思っています。あと、現在季刊の雑誌「真田太平記」で『三丁目雑兵物語』を連載しています。こちらは4ヶ月に8ページなので、一体いつになれば単行本が出るか見当もつきません。
連載が続けられるかどうかは皆様のお声次第なので、ぜひよろしくお願いいたします。
連載が続けられるかどうかは皆様のお声次第なので、ぜひよろしくお願いいたします。
──ありがとうございました!
自分の趣味を追求して作品作りに活かす──理想の制作環境
作業ツールはできる限りシンプルに、しかし趣味のアイテムは全力で収集する──そんな一風変わった作業場でモノ作りをしているヤマーーダさん。もはや鎧好きが高じて漫画を描いているのか、鎧を買うために漫画を描いているのかわからない状態ですが、好きなものに囲まれて好きなジャンルの作品を描くというのは、ある意味最高の環境なのかもしれません。
そして何より、一点特化型の極みのようなヤマーーダさんの作業場からは、あふれんばかりの中世ファンタジーへの愛を感じることができます。その愛は作品に宿り、中世ヨーロッパの歴史的考証とファンタジー要素の絶妙なバランスでもって、中世ファンタジーの魅力を雄弁に語るのです。
ツールを充実させたり、作業を効率的にすることを目指したデスクもあれば、趣味と実益を兼ね備え、モチベーションや原動力を高めるデスクもある。作業場は、クリエイターの個性が色濃く反映されるもののひとつです。
この連載では、そんな個性の塊であるデスクをウォッチし、クリエイターたちの素顔に迫っていきます。