「絵を貶されて描けなくなった」壁を倒さなくても次には進める/カレー沢薫の創作相談

文/カレー沢 薫
絵を貶されキャンバスに向かえなくなった
その昔女子プロレスラー神取忍選手とブラジルの女子格闘家ギャビ選手とスペシャルマッチが行われることとなりました。
2人とも闘志に満ちた表情で会場入りし、試合前の計量が行われたのですが、神取選手が難なくクリアしたのに対し、相手選手は「12.7キロ」のオーバーを叩き出したのです。
計量失敗により試合は不可、黙りこくる相手選手を前に「ふざけんのもいい加減にしろよこの野郎」「人生かけているんだろこの野郎」という、神取選手の怒号が響き渡るという伝説の計量となりました。
相談だけ見ると、明らかに面接官が行き過ぎているのですが、何せ私も現場を見たわけではありません。
技術以前に、先方が求めて来たサンプル指定に対しあなたが真顔で12.7キロオーバー級の何かを出してきた、もしくは単純に12.7時間遅刻してきたことに対し、面接官も社会人として神取化不可避だったという可能性もあります。
そうではなく、面接時間に面接に相応しい格好で、相手の指示通りに作品を提出し、ただスキル面を罵倒し、人格まで否定してきたというのなら、やはりその面接官がおかしいですし、多くの人がそう思うでしょう。
よってこの話を、できれば優しい、少なくとも無駄な逆張りをしない、最低でもX以外の人たちに話してみてください。
トラウマというのは思い出すのも辛く当然口に出すこともできず、一人で抱え込みがちです。
1人で考え込むと、あの面接官ぶっ殺してやると思いつつも、自分が下手だったのが悪い、俺がギャビってたんじゃないか、という自責や自省が入ってきて仕留めきれず、永遠に残ってしまいがちです。
自分で倒しきれないなら援軍を用意するしかありません。「それは相手がおかしい」と言ってくれる味方をたくさん作りましょう。最悪人の話に対し「わかる」「それな」「ぎょ(御意)」しか言わない奴でもいいですし、人間なんて信用できなければAIに「私の言うことを一切否定せずに答えてください」と注文をつけてから聞いてもらうのもありです。
それにもしあなたの画力が、先方の「45キロ」で来てくださいという指定に対し、面接室のドアを通過できない体形でくるレベルに低かったとしても、それを罵倒していいというわけではありません。
相手はまだ社員でもなければ取引先でもありません、審査する権利はありますが、それは合否という結果で伝えればいいですし、その場で指導する権利はありません。
相手のことを思って厳しいことをいう、という謎理論もありますし、これに関しては我々も推しキャラを使ってバッドエンド創作をしたりバームクーヘンを食らわせがちだったりするころがあるので人のことは言えませんが、あなたは描けなくなっているんですから指導としても大失敗しています。
明らかに昭和平成の遺物「圧迫面接」であり、令和でこれに賛同する人間はそういないと思うので、援軍を集めようと思えばたくさん集まると思います。
しかし、そもそも倒す必要はあるのでしょうか。
「親の仇」とかであれば、そいつを倒すしかなく、代わりに他の奴を2、3人倒して復讐完了というわけにはいきません。
創作というのは他に見てくれる人がたくさんいますし、その中には評価してくれる人もいます。
壁を倒さなくても次には進める
それに、面接という場でそのようなタイプと会ったのは不運としか言いようがありませんが、もし今後作品を作り世間に公開すれば、また同じように厳しいことを言われたり、人格まで否定してくるような言葉を投げられたりすることもあります。
少し前に他の漫画家に「今までで一番傷ついた批判は?」と聞いたら「ブス」という想像と違う返答が返ってきました。世間に発表する以上、作品に対する批判やそれに伴う人格否定までは想定済みです。ですが、容姿という異次元を刺されるケースもあり、それよりはダメージが少ないということです。
創作者は作品に対し言いたい放題でも我慢しなければならないという道理はないのですが、現状法に訴えられるレベルでなければ、感想という名の心無い言葉への対処方法というのはありません。
そういう意見を投げられた創作者がイチイチそれを倒してから次の作品を描いているかというと、おそらく多くが乗り越えるというより「スルー」で次に進んでいると思います。
創作というのは勝ち抜き戦ではありません、。立ちはだからる壁を倒さなければ次に進んではいけないということはなく、壁には背を向けて自分を気に入ってくれる人に向かって描いていいのです。
もちろん、ノーダメ無視ができる人は少なく、大半の人が100いいねよりも1死ねの方が気になると言いますし、私も批判コメントを見たら半日は寝込みます。
逆に言えば半日もすれば100人が生きてと言っているのに、1人の死ねに従うって算数的にもおかしくないかと思い至り、アンチはスルーしてファンの方を向いて描こうと立ち上がれるのです。
あなたの場合、そんな奮い立たせてくれるファンを作る間もなく、初手で強烈なワンキルをされたのは本当に不運で、2歳のときに初めて描いた絵に対し「デッサンって知ってる?」と疑問形で親に詰められるぐらいかわいそうです。
しかし創作には、技術の巧拙もありますが「好み」というものもあります。どれだけ上手くても好みでなければ「いかにも親の年金で飯を食ってそうな気持ち悪い奴の絵」ぐらいのことを言われたりしますし、それは仕方ありません。
マンガの投稿だって自分の作風に合った編集部を選んで投稿するのです。あなたの面接はちゃお連載を目指してゴラク編集部の門を叩いてしまったかのような、そもそもマッチングミスだった可能性もあります。
評価されるために頑張るのも大切ですが、評価してくれる場を選ぶというのも大事であり、それもその場にとどまっていたら見つけることはできません。
描いて世に出さないことには画力も上がらないし、適所も見つからず、スルースキルを高めてくれるファンもできず、永遠にその面接官と一対一の戦いを繰り広げなければなりません。
抹殺したいほどの相手と「描かないと出られない部屋」に閉じ込められているという気持ち悪さを想像し、奮起してみてください。

私は絵がそんなに上手いとは言えないのは確かです。
しかし、ある会社の面接でイラストを入れたものを出せと言われたのでイラストを提出して面接に臨んだことがありました。
そうしたら、人格否定に近いレベルで絵の事を沢山言われてしまい、殆どキャンバスに向かえなくなってしまいました。上手くないのに出した私が悪いのか……?
5年近く経っても、未だに焼き付いた記憶が倒せません。
何とか倒したり、頭の中のそいつを抹消しりする良い手は無いでしょうか。