BLというジャンルに恩返ししたい!KADOKAWAの実写BLドラマレーベル「トゥンク」が生まれた背景

インタビュー/原田イチボ@HEW
国内外で実写BLが盛り上がる中、KADOKAWAが満を持してBLドラマレーベル「トゥンク」を設立。MBSによるドラマ新枠「ドラマシャワー」で、第1弾作品『不幸くんはキスするしかない!』に続き、現在は『先輩、断じて恋では!』が放送中です。
BLドラマレーベルという史上初の試みの裏には、東香瑠プロデューサーの迸るBL愛がありました。自身も長年のBL好きだという東プロデューサーに、トゥンク設立の舞台裏や、実写化しやすい作品の傾向についてインタビューしました。
BLがマスへと広がる今、何かやらないでどうする
── 本日はよろしくお願いします。東さんは、KADOKAWAでずっとBL関係のお仕事をされているんですか?
いえ、実はまだKADOKAWAに入社して3年目くらいなんです。それまでは主にエンタメの宣伝の仕事をしていて、KADOKAWAに入り、マーケティング目線で何か企画ができないかということで始めたのがトゥンクです。だからBLに仕事として携わったのは、トゥンクが初めてですね。といっても、BL自体はずっと好きだったんですが……。
── なるほど。東さん自身もBL好きなんですね。
はい。学生時代からのBLファンです。だからKADOKAWAに対しても「昔からBLの名作をたくさん作っている会社」というイメージが強くありました。そして、2018年頃に『おっさんずラブ』ブームが来て、BLがマスにも広がっていきました。KADOKAWAに入社した理由には、「実写BLが国内外でこれだけ盛り上がっている中で、何かやらなくてどうする」のような野望も少しありました。
── BLに特化したドラマのレーベルという発想はどのように生まれたんでしょうか?
BLというジャンルに向き合って作品を作り続けられる形がないか考えた結果、レーベル設立に至りました。やはりBL好きにとって、「レーベル」という言葉は馴染み深いですしね。
── たしかに、わざわざレーベルを設立したとなると、腰を据えて実写BLを制作しようとする意思を感じます。トゥンクという名前もなかなか攻めていますよね。
ドキドキするようなニュアンスを出したかったんです。ドキドキした時の音は…「トゥンクだな!」と。社内の皆さんからは「トゥンクってなに……?」みたいな反応でした(笑)。
出版社の垣根を超えて良い作品を取り上げていきたい
── BLレーベルを設立するアイデアに対して、社内の理解はスムーズに得られましたか?
もともとBL作品を多数扱っている会社で、BLというカルチャーへの馴染みもあったので、「知識があって、やりたい気持ちのある社員が出てくれてよかった」というポジティブな反応でした。なので、周囲の理解が得られない大変さはなかったですね。あとはKADOKAWAがBLレーベルを設立したところで、それを放送してくれる局が見つからないと始まりませんから「おもしろいですね!」と乗ってくれたMBSさんには本当に感謝です。
トゥンクを設立してみて、BLというジャンルに対する偏見はだいぶ薄れたんだなと実感しています。少し前までは地上波放送でBLドラマはほとんどありませんでしたが、ヒット作の積み重ねもあり、今はむしろ「地上波でBLドラマを放送したらいけないなんて、そっちのほうがおかしい」と感じる人が増えたんじゃないでしょうか。

── 第1弾に『ふこキス』(不幸くんはキスするしかない!)が選ばれた理由とは?
KADOKAWAが立ち上げたレーベルなので、トゥンクはKADOKAWAのBLしか原作にしないと思われていそうなんですが、実はそうではありません。『ふこキス』の出版元はリブレさんです。自分としては、出版社の垣根を超えて良い作品を取り上げていきたいと思っています。リブレさんが展開する「ビーボーイP!」は、比較的BL初心者も手に取りやすい作品が多いと感じ、以前から注目していました。
その「ビーボーイP!」の中でも『ふこキス』を選んだのは、コメディ要素が魅力だったからです。主人公・幸多の二面性は、役者さんが演じるビジョンがすんなり見えました。トゥンクとしても最初は王道ラブコメを打ち出したかったので、『ふこキス』はぴったりでした。

『ふこキス』は不幸体質の幸多が、幸運体質の直哉と一緒にいれば不幸が起きないと気づいて始まるラブコメディ。pixivコミックでも読めます。
── 第2弾の『せぱ恋』(先輩、断じて恋では!)もラブコメですが、ラブコメに絞って実写化のチョイスをしているわけではないのでしょうか?
BLと一口に言っても、いろいろなテイストの作品があります。幅広い層が馴染める明るくハッピーな作品から、玄人好みのディープなものまで、いろんな嗜好の方々に楽しんでいただけるようにバリエーションは大切だと思っています。トゥンクらしさというものはまだ模索段階ではありますが、扱う作品のテイストというより、「BLマンガを長年出版してきたKADOKAWAが設立した、BLファンのためのドラマレーベル」というところに持ち味があるんじゃないかと考えています。だからこそ「BLファンが好きな実写BLとは何だろう?」ということを突き詰めて各作品を製作していきたいです。

『せぱ恋』は同じオフィスに勤める先輩後輩を描いたオフィスラブ。
── トゥンク作品に対して、どんな反響が寄せられていますか?
海外からも含めて、いろいろですね。6月に最終回を迎えた『ふこキス』は10代の視聴者からも反応が多くありました。「クラスで『ふこキス』仲間を見つけた!」のようなツイートを見かけると、思わず笑顔になってしまいます。若い視聴者の方々は、BL好きとしては「これから育っていく世代」ですよね。SNSをチェックする限り、このドラマが初めて触れるBL作品という視聴者も結構います。トゥンクのドラマをきっかけに原作を手に取り、そこから他のBLマンガも読むようになるかもしれない。実写ドラマという間口が広い場を用意することで、BL好きをさらに増やし、BLというジャンルに恩返しできればと思っています。
キャストふたりが並んだときの見え方を重視
── BLというジャンルに初めて関わるスタッフやキャストもいるかと思います。プロデューサーとして伝えていることはありますか?
BLというジャンルはこういう人々に愛されてきて、登場人物には受けと攻めがいて……という基本知識のようなことは伝えています。やはり長年BL好きの人間がプロデューサーに入っているのもトゥンクの特徴だと思いますので。でも私がいろいろ言うまでもなく、現場の皆さんはBLをいちジャンルとしてフラットに向き合ってくれています。
── 「男同士がキスすれば萌えるんでしょ?」みたいな雑な感じでは全然なく。
本当にそうなんですよ。「BL好きの人たちは、どういうものにキュンとするんですか?」など積極的に質問してくれて、愛情を持って作品に取り組んでいることが伝わります。
── キャスティングでは、どんなことを意識していますか?
BLに限らず、原作つきのドラマはキャスティングが大きく注目されますからね。スタッフ同士でああでもない、こうでもないと毎回悩むところです。もちろん原作と見た目が似ていることは大事ですが、ビジュアルが近ければ近いほど良いキャスティングというわけでもないと思います。たとえば『ふこキス』の幸多だったら二面性のある性格など、「そのキャラのどこが一番魅力的なのか?」をしっかり捉えることが大事なんだと思います。あとはキャラクター単体だけではなく、ふたりが並んだときのバランスも重視しています。身長差や雰囲気など、そこがハマらないとBLというジャンルは特に難しい気がします。

不幸体質な幸多は二面性のあるコミカルなキャラクター。イケメンな直哉とのギャップがいい!
── たしかに。ふたりが並んだときの「……なんか良い!」が大事なジャンルですよね。
やはりBLはキャラの妙。そのふたりがいれば物語が自然と動き出す、ということを大切にしなければと感じます。
── それで言うと、放送中の『せぱ恋』のキャスティングはどのように決まったのでしょうか?
柳瀬というキャラクターは、整った容姿を持つと同時に、業界が注目するCGクリエイターでもあります。そんな圧倒的な魅力の持ち主を内藤秀一郎さんならば説得力を持って演じてくれるだろうと思いました。一方の瀬戸利樹さんは、金田のあの雰囲気のある眼力で、柳瀬への熱い想いをばっちり再現してくれています。内藤さんと瀬戸さんは、現場でもすごく仲が良いんですよ。ふたりでずっとコミュニケーションを取っていて、その関係性がドラマ本編にも反映されているんじゃないでしょうか。

眼力鋭い金田と柔和な柳瀬。この並びだけでもドラマがあります。
ふくらませることができそうな要素があると実写化しやすい
── 実写化に向いているマンガとは、どんなものでしょうか?
すごく現実的な話をすると、やはり「3次元で再現しやすい」というのはひとつのポイントですよね。「人間離れした顔立ち」みたいな設定はキャスティングが大変ですし、現代日本とかけ離れた舞台設定だとセットなどのお金もかかります。実写化は絶対に不可能だということはありませんが、どうしてもハードルは高くなってしまいます。
あとは、「ふくらませることができそうな要素の多さ」も挙げられます。たとえばBLだと、ふたりが結ばれるまでのメインのストーリーを彩るものが他にもあると、連続ドラマにしやすいボリュームになってくれます。
── なるほど。『ふこキス』は恋愛+大学生活、『せぱ恋』は恋愛+お仕事と、物語を動かす要素が複数軸ありますよね。
ふたりの恋愛模様が一番大事なのはもちろんですが、魅力的なサブキャラたちも登場して、いろいろな出来事が起きると、画面もにぎやかになるし、作品として広がりがある仕上がりになるんですよね。もちろん、「ふたりきりの世界」のようなテイストの作品が実写化できないわけではありませんし、トゥンクとしても挑戦していきたい部分ではあります。
『せぱ恋』原作者の晴川シンタ先生は実際にCGクリエイターと繋がりがあって、その方々にインタビューしながら描いているそうです。だからラブコメであると同時に、お仕事ものとしても楽しめますよね。ほかに実写化する上で『せぱ恋』が魅力的だったポイントとなると、金田のキャラクターです。「相手にあこがれすぎて逆に塩対応しちゃう」というツンデレのようなクーデレのようなオリジナリティあるキャラクターで、それが作品のおもしろさに繋がっています。そして、一見あこがれの先輩だけど実は心に闇を抱えている柳瀬。このふたりのやり取りは、実写ドラマでも映えるだろうと感じました。
── まさに先ほどおっしゃっていた「そのふたりがいれば物語が自然と動き出す」、ですね。
ファンの声を取り入れたオリジナル企画にも意欲
── MBSのドラマシャワーは、1年限定の枠だと聞きました。トゥンクもそこで一区切りなのでしょうか?
トゥンクは実写BLというカルチャーに末永く向き合っていくための意思表明としてレーベルを立てたので、会社から何か言われない限りは(笑)、続けていきたいと思っています!
── トゥンクの今後の目標を教えてください。
『2gether』を生んだタイのGMMTVは、1年間で製作するBLのドラマのラインアップを事前に発表していて、それを見てファンがまた盛り上がるんですよ。「今年のトゥンクのラインアップはこれ!」と告知できるようになるのは、ひとつの夢ですね。
あとはファンの方々の「こういう作品が欲しい」という声から作るオリジナル企画もおもしろいんじゃないかと構想しています。どうすれば実現できるかは考え中ですが、例えばBL作家さんと組んで新しい仕掛けもできるかもしれません。ほかにも「次はこの作品か!」と読者の方々に喜んでもらえるように、幅広い原作をドラマにしていければと考えています。
── 『ふこキス』は海外での放送・配信も行われていますよね。タイや韓国で実写BLドラマが続々と製作されている中、トゥンクの今後が楽しみです。
たくさんのBLマンガが生まれてきた土壌を考えると、日本の実写BLにはまだまだ伸びしろがあるはずです。トゥンクを通して「BLカルチャー全体に還元していきたい」という思いで取り組んでいます。
── トゥンクはある意味で文化振興事業のような面も持っているんですね。
まさにその通りです!(笑) BLの火を絶やさず、さらに燃やしていく所存です。
『先輩、断じて恋では!』絶賛放送中!
今回ご紹介した『先輩、断じて恋では!』はこちらから見られます。
ふうたりの恋の行方をぜひご確認ください!
◆放送情報◆
MBS 毎週木曜25:29~