いまのご時世に元気をもらえるif系ジャンル「逆行」/カレー沢薫のpixivタグ検隊

文/カレー沢 薫
「私はヒプマイのライブが中止になった日から、うまく笑えません……」
担当からのメールにそう書いてあるのを見て、私は逆に笑顔を取り戻したが、担当の他にもライブなどの中止で『殺し屋1』みたいな笑い方しかできなくなった人が大勢いるかと思うと、やはり笑いごとではない。
他にも様々なイベントが中止となり、ついに俺たちのロックフェスことコミケも中止となってしまった。
多くのオタクが心を手放した関口メンディーみたいな顔になってしまったが、全国のメンディーの目に光を戻したのもやはり「推し」たちであった。
こういった状況を鑑み、無観客ライブやイベントなどの配信、漫画などの無料公開など、外に出なくても楽しめるコンテンツの提供に踏み切った企業や個人も多くいる。
それを見て元気を取り戻した人も多かったことだろう。
そして「こんなときだからこそ、推しがいてくれて本当によかった」という声も非常によく聞く。
しかしこんなときに限って推しが死んだらどうだろう。
さすがにかける言葉が見つからない。
リアルがこんな有様なのだから、せめて推しには元気に走り回る姿を見せてもらいたいのに、お構いなくご遺体を見せてくるのがフィクションというものである。
もう、無料公開とかいいからこの時期だけは、2ページ目に登場したキャラが16ページ目に死んでいるようなド鬱漫画でも、キャラの頭身を3.5ぐらい下げて日常ギャグをやってくれないかとさえ思う。
私は未読なのだが、大人気漫画、『鬼滅の刃』でも盛大にキャラが死んでおり「推しカプが両方死んだ」という報告も上がっている。
こんなときでなくても、推しの死は辛い。しかしそれが推しの運命であり、そういう道を辿る推しだったからこそ好きになったとも言える。
しかし「ここでこうすれば、どうにかなったんじゃないすかねえ?」という思いも消えない。
前置きが非常になってしまったが、今回のpixivタグ検隊のテーマはそんなキャラの遺恨というか、そんなキャラを推しを持ってしまったオタクの魂を鎮めるためにも使われる表現手法である。
「逆行」これが今回のテーマだ。
「見た目は子ども、頭脳は大人」も可能
私は初耳だったが、すでに投稿数が39,000件を超える、かなりアツめのジャンルである。
逆行とは「キャラクターが過去の時間軸に精神のみトリップし、過去の自分に乗り移る(あるいは成り代わる)というシチュエーション。」のことだそうだ。
体ごと過去に行ってしまうタイムスリップものとは違い、過去に戻るのは精神のみで、それが過去の自分に乗り移る。
つまり、現在の記憶や能力を持ったまま、過去に戻っているということである。
よってこの先に起こることを知っているため、それを回避するため違う行動を取ることも出来る。
原作で「ここで、赤のきつねを選んでおけば……」と、もはやキャラ本人よりも悔やんでやまない創作者たちが、運命を知っているキャラがもし緑のたぬきを選んだらどうなるかを描く、といった「if系」ジャンルの一種が「逆行」である。
ただし「逆行」は死を避けたり、後悔をやりなおすためだけではなく、特に悔いのないキャラを理由のない逆行が襲う場合もあるようだ。
やり直し目的ではなく、記憶を持ったまま過去に戻ったらこのキャラはどうするか、というシチュエーションを楽しむものとしても使われているようだ。
成人キャラを小学生まで逆行させれば「見た目は子ども、頭脳は大人」にすることもできるし、精神的ロリババアやショタジジイを作ることもできる。
また記憶だけではなく、能力も持ち越しの場合も多いので「過去に戻って無双」という「強くてニューゲーム系」の創作もある。
我々FGO者たちが「今の戦力で6章に戻ってガウェインと戦いたい」と言っているのを実現させる感じである。
「逆行」ものには長編小説が多い
このタグは39,000件以上の投稿があるが、その特性上約9割が小説の投稿である。
イラストの投稿もあるが数は少なく、さらに「逆光」をタイプミスして投稿されているものすら混じっている。
私が言えたことではないが、もう少し落ち着いた方がいい。
そして「シリーズものが多い」というのも特徴である。
「もしこのキャラが死ななかったら」というような単純なif創作よりも逆行は「記憶を保有したまま過去に戻ったら」という複雑な設定なので、自ずと壮大なストーリーになりがちなのかもしれない。
生存エンドや、現パロなど「良かった、不幸な推しはいなかったんだ!」が出来るif系創作は数あるが、その中でも逆行は上級者向けなのかもしれない、
それ故に、読み応えがあるものが多く、ファン創作でありながら、もはや1つのオリジナルストーリーとなっているような作品もある。
オリジナリティが強いため、いつも通り好みは別れるジャンルなのだが、探せば「この運命が見たかったんや」というようなハマる作品もあるのではないだろうか。
私がゴールデンカムイの新刊を読むたびにpixivで現パロを見てしまうように、公式で不遇な目にあった推しを創作でも救ってくれる逆行のようなif系タグは、原作がツラいときの希望でもある。
今のご時世、オタクたちが元気をもらっているのは、公式が配信してくれる動画や漫画だけではない。このpixivに投稿されている作品だって、誰かを元気づけているのである。
もし外出自粛でお時間があるという人がいたら、壮大でいつもは書けないような「逆行」ものに挑戦してみてはいかがだろうか。
しかし世の中には、気づいたら推しの創作がいつもバッドエンドになり、片翼の翼で鎖に繋がれ片目を押さえ「僕の罪は赦されない」状態になっている、まず自分が逆行して救われた方が良いのではというタイプの創作者もいる。
つまり、ハッピーエンドになったキャラを逆行させてバッドする逆行がないとも限らないので読むときは注意しよう。


- カレー沢 薫
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1982年生まれ。無職。著作は『クレムリン』(講談社)、『負ける技術』(講談社)、『ブスの本懐』(太田出版)など多数。
趣味はエゴサーチ。