「お絵かき魔境」のdrawrが11年間のサービスに幕。機能制限が生んだ文化を振り返る
文/虎硬
みなさんはdrawrを知っていますか?
2008年10月にスタートしたdrawrは、pixivの姉妹サイトにあたる手描きイラスト投稿SNSです。今では考えられないかもしれませんが、「テキスト入力不可」「アップロード不可」「消しゴムなし」「drawrのツール以外使用不可」という縛りが多いハードコアなサービスで、初期はスポイトツールすらありませんでした。こういった縛りの強い仕様ながら(だからこそ?)一部の絵描きに火を付けました。すでに活躍していたプロクリエイターも多く参加し、ハイクオリティな作品が日ごと投稿される……それはまさに「お絵かき魔境」!

対談クリエイター
drawr11年の歴史が終了
── 11年間続いたdrawrがもうすぐ終了してしまいます。


── 卍さんは4,000枚も投稿しているのですね!


── それでも十分多いと思います(笑)。

イラスト:干し首
イラスト:1608
イラスト:川洋
── pixivやTwitterがそうですが、他のSNSってキャラクター系がかなり目立つと思うんですけど、drawrって抽象的なものや背景なども評価されるんですよね。よりオルタナティブな次元で絵描きが輝いているというか……特に卍さんはその最たる例なのかもしれないですが。


(笑)
はじめてのdrawr体験
── drawrのサービスがはじまったのが2008年の10月、その1年前にスタートしたpixivもまだまだ黎明期でした。drawrをはじめて利用したときはどんな印象でしたか?

第1印象は、UIがちょっとスタイリッシュな『手書きブログ(webサービス)』でした。テキストベースでの交流をしづらいサービスというと他にTumblrなどもありましたが、ああいうのが好きなんです。
2枚個別に投稿した作品
イラスト:卍

── ka92さんはお絵かきチャットでも遊んでいたのですか?

── 絵チャ勢とdrawrは相性良さそうですね!
スポイトがない!機能制限が創造性を育んだ
── drawrといえばスポイトがないなどの独特な機能も話題になりましたよね。サービス全体としてはお絵かき掲示板に近かったかもしれません。

描画機能とタイムラインがここまでシームレスに共存しているサービスはdrawrが初めてで、当時はとても新鮮に感じました。投稿から閲覧まですべてのことがブラウザの中で完結していたので別のソフトを立ち上げる手間もなく気軽で、アイデアノートのツールとしても優れていたと思っています。気に入った作品は(Adobe)photoshopでレタッチを加えてpixivへ投稿してましたね。こちらのイラストに関してはdrawrの方が奥にある灯りの雰囲気が良かったかもしれません。
▲ drawr投稿時の作品(画像上)と、リライト後にpixivに投稿されたka92さんの作品(画像下)

何よりもdrawrは描画のレスポンス(線を引いた時の反応速度)が早いということが重要でした。デジタルで絵を描く時に実際のストロークと画面上の描画に遅延があると自分の絵は描けない。便利な機能はそのあとという感じです。
イラスト:卍
── ブラシの種類も結構限られてたかと思いますが。

あれがいい。よくあるデジタルブラシのストロークで丸い玉がぽぽぽ……ってなる、あれが好きじゃないんですよ。


サービスが開始されてしばらくの間はスポイト機能が無かったので、理想の色をつくるために根気強く混色させるようなことをしてました。手間ではあるのですが、その作業が楽しかったです。そのうちアニメーションの再生機能などが追加されていきましたがレスポンスは依然早いままで、単純に出来ることが増えていくのは嬉しかったですね。

イラスト:ka92
── スポイトがないっていうのはドローツールとしてはかなり思い切ってますよね。

致命的という人もいるかもしれませんが、私はなくてもいいと思ってました。知り合いにもスポイトなしを気に入っている人は結構いましたね。

自分はスポイトあった方がいい派です(笑)。

── なんですかその裏技!

drawr開発の動機として、pixivにイラストを投稿するのは敷居が高いからもっと気軽に絵をかけるツールを提供しよう、という課題がありました。文章ではなく、イラストだけでつながれるとハードルを下げられるのではという仮説で、テキスト入力不可にしました。当初の目論見だと普段、絵を書かないような人が絵日記みたいのをアップするていうのを想定してましたね。お絵かきツールも持っていなくても、web上で描けばいい、みたいな。
drawr開発者
── 他にはイラストのアップロードができないっていうのも、今では考えられないくらい硬派なつくりでしたよね。



あと機能じゃないんですけど、投稿エラーで止まっちゃったりとか……(笑)。

── drawrのロゴはよくいじられてましたよね。
drawrの投稿アニメーションは「a」の文字の色がだんだん赤くなっていく演出で、投稿失敗すると上記イラストのような状態でフリーズしてしまう。(イラスト:ka92)
すごすぎる!イラストの応酬祭
── ユーザー同士のイラスト交流が本当に熱かったです。ka92さんの『きのこたけのこ戦争』とか。

元々は単なる落描きでした。投稿後にレスポンスを頂いたので私もそれに乗っかったらどんどん広がっていった感じです。途中で「きのこの手先だ!」とか言われて、随分楽しませてもらいました。最終的には20名弱の参加者さんからおよそ50数点のイラストをいただきましたが、現在では辞められてしまった方もいるので40点ほどの絵が残ってますね。アカウントが消えると投稿も消えてしまうというシステムにすこし儚さを感じたりもしました。



── あとは卍さんのイラストから派生した「手」のラリーがすごかったです。長いスレッドではなかったのですが、とてもレベルが高くて。
イラスト:卍

あれは自分の絵が失敗してるんですよね。干し首さんがすごい凝った絵を描いてきたから頑張ったんですけど、左の子の背の反りから顎の傾きを拾えてない。時間が経ってから見ると分かりますね。
── 当時、あのやりとりを見て感動して、ネットのひとつの奇跡だなと感じてました。天才同士の知的な会話を横から眺めているというか。
卍さんの空間とフォルムを生かした風味をマネしようとしてて、結果いつも通りな感じになったのでヒャーと思ってましたが、昇華されたので大変感動しました。
干し首
── すこっちさんの「はやぶさ擬人化漫画」などは各所で話題になりましたね。新聞にも掲載されました。

他にもTwitterなどで拡散されたり、drawr発のイラストはよく話題になってましたね。
マンガ:すこっち


drawrなき世界へ
── これからインターネットはdrawrを失ってしまうのですが、ああいった場は今後生まれてくると思いますか?


流れの早いSNSだと、フォロワー様との距離感に戸惑ったり、イラストとは別の情報に惑わされてしまってパンクしてしまうということがあります。drawrはサービス終了してしまいますが、投稿作品を移行できる機能を提供しているようでしたので、とりあえず作品の引っ越しだけは済ましています。ブラウザ上でも振り返れるというのはやはり便利です。
── おふたりにとって、drawrとはどういう場所でしたか?

動作も軽ければ、サービス全体の空気感も軽いという。自分にとっては「畳にコタツの部屋」みたいなところです。リラックスした状況からしか生まれないものは確実にあると思うし、自分にはその軽さはとても大事でした。

── ありがとうございました!
主流ではないもののネットイラストにおけるひとつの輝きを放っていたdrawr。それは流行り廃りが激しいSNSにはないような、純粋にイラストを楽しむようなゆるやかな流れやつながりがあったようです。
drawrは2019年12月2日に惜しまれてクローズしますが、drawrに投稿した作品の一括ダウンロードやpixiv Sketchに作品を引越しすることが可能です。pixiv Sketchでは、drawrの描き味を再現したシンプルドロー機能も提供しています。作品をまだダウンロードしていない方や移行先をお考えの方は、ぜひご利用をご検討ください。
さようならdrawr。
素敵なイラストとの出会いをありがとう。
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