現実の生々しさをイラストに落とし込む。イラストレーター左が探る「リアルとデフォルメのせめぎ合い」
インタビュー/原田イチボ
フリーランスのイラストレーターとして20年以上活動している左さんですが、個展を開催するのは意外にも今回が初めて。左さんがイラストを描く上で大切にしている「艶(ツヤ)」の考え方、デフォルメとリアルのせめぎ合いについて教えてもらいました。
いきなりフリーランスでデビュー
── 左さんのデビューのきっかけを教えてください。

昔から「絵を描いてお金がもらえたらいいな」とは考えていました。初めて参加したコミケで出版社の方から名刺をいただき、そこから雑誌のピンナップのお仕事をいただきました。初仕事からすぐお仕事がたくさん来たわけではありませんが、当時の僕は19歳で、まだ実家暮らし。「母ちゃん、もう少し家にいさせてくれよ」と頼み(笑)、幸い生活の心配はありませんでした。そのままイラストレーターとして小規模に活動しているうちに少しずつ仕事が増えてきて、やがて実家を出られるくらいになって今に至ります。
2007年から刊行されている、人気ライトノベル「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」シリーズ(電撃文庫)。左さんが全12巻のイラストを担当。
── では、いきなりフリーランスとしてキャリアをスタートさせたんですか?

はい。僕は大学で非常勤講師をしているんですが、最初からフリーランスだと言うと、イラストレーター志望の生徒たちにびっくりされます。でも僕と同世代のイラストレーターは似た感じの人が多いんじゃないかな。ネット上でお絵描きをしていた延長上に仕事があるのであって、最初から職業として就職などを意識する人は今ほど多くなかったと思います。
── 当時、「イラストレーター」という仕事はどんなイメージだったんでしょうか?

僕がインターネットや同人誌といったカルチャーに触れた2000年頃は、ちょうどCGでのイラストレーターという仕事が一般的になっていく黎明期でした。それまではイラストレーターというもの自体は知っていても、あまり馴染みがない職業で、だから僕もずっとマンガ家にあこがれていました。実は一度だけ仕事でマンガを描いたことがあって、『まんがタイムきららフォワード』の創刊号で読み切りを描きましたよ。
── CG、つまりデジタルでイラストを描き始めたのは、黒星紅白さんの影響だと聞きました。

友人の家にあった雑誌の表紙が黒星紅白さんのイラストで、てっきりパステルで描いているんだと思っていたら、友人に「それCGだよ」といわれました。こんなに柔らかい雰囲気を出せるものなのかと驚き、自分でもCGでイラストを描いてみるようになりました。
友人には黒星さんがIRC(インターネット・リレー・チャット)をやっていることも教えてもらいました。今で言うDiscordのようなものでしょうか。SNSもない時代、有名人とリアルタイムでやりとりできること自体がまず衝撃的で。いろんなイラストレーターさんのIRCに入って、自分の絵を見てもらったりしていました。僕のほかにもIRC出身で現在活躍されているイラストレーターさんはいらっしゃいます。
── ほかに影響を受けたクリエイターを教えてください。

自分のベースになっているのは、桂正和先生、高河ゆん先生、沙村広明先生だと思います。ただ影響という意味では、今でも若いイラストレーターさんをチェックするようにしています。流行に追いつくためというよりは、単純に新しいものってすごいし、自分の刺激にもなるじゃないですか。近年はレンズフレアやピンボケなど写真や映像的な表現をイラストと組み合わせる手法が増えて、おもしろいなぁと感じています。
ホクロも歯の矯正装置もチャームポイント
── 画集『vioLet』の表紙に描かれた女の子は、歯列矯正の装置をつけていますね。

初め出版社には難色を示されましたが(笑)、「これを外すと可もなく不可もない女の子のイラストになって、魅力がなくなってしまう」と説明しました。
── 矯正装置のほかにもホクロなど、ほとんどの美少女イラストで省略されそうな要素を大事に描いていますよね。

普通はわざわざ描かないものをイラストにどれだけ落とし込むかという「リアルとデフォルメの混ぜ合わせ方」にこだわっています。歯を1本1本きっちり描くとイラストとしては不気味な印象を与えかねませんが、「じゃあはっきりした線ではなく色をほんのり乗せることで歯の存在感を示すのはどうだろう」とか。リアルな要素を省いてツルツルさせすぎてもキャラクターとしての魅力が減ってしまうんじゃないかと感じています。それと僕にとっては、ホクロも矯正装置もチャームポイントなので(笑)。
── そのような生々しさがあるからこそ、同性から見ても魅力的な女性キャラクターに仕上がっているんでしょうね。良い意味で、我が強そうな印象を受けるというか。

そう言っていただけるとありがたいですね。
── 歴史をテーマにしたゲーム『シヴィライゼーション レボリューション2+』(2015年、2K)ではキャラクターデザインの一部やパッケージイラストを担当しています。リンカーン大統領は顔のイボが描かれていますね。

初めはイボを省いたイラストを提出したんですが、海外のゲームメーカーである2Kさんから「我々の国でリンカーン大統領というのは、ここにイボがあって、顔のこの部分が少しカサついていることが大事なんです」と言われて、そういうものなのか!と。似顔絵では普通イボなどは省かれるので、そういう要素も描けるのは新鮮な体験でした。
── 左さんはイラストレーターとして、特定のモデルやモチーフにこだわりがあるというよりは、何を描くにしても「リアルとデフォルメの混ぜ合わせ方」という点に関心があるのかもしれませんね。

仕事としては女性キャラクターを描く機会が多いですが、女性キャラでもおじさんキャラでもなんでも興味の方向としてはそうですね。
── 左さんは大学で講師も務めていますが、生徒たちに授業でよく伝えていることは何でしょうか?

「艶(ツヤ)を意識するといいんじゃないか」ということですね。ホクロや歯、首の傾け方や足への重心のかけ方、手の気だるさ、体のひねり方など、現実らしい生々しさをイラストに落とし込むことを僕は「艶」と表現しています。イラストに艶を出すのはすごく難しいので、自分自身も描いては消しての繰り返しです。でもそうやって毎回逃げずに挑戦してみること、戦ってみることが上達につながるはずです。
イラストを描くたびに悔しい気持ちを味わっている
── 現在の作業環境を教えてください。

デスクトップのパソコンと液タブ(Wacom Cintiq Pro 24)、ショートカット用のデバイスを使っています。ソフトはクリスタとフォトショップを併用しつつ、あともう1本、油絵や水彩のようなアナログっぽいニュアンスを出すためのソフトを使っています。ただ、こちらはしっくり来るソフトがなかなか見つからず、試行錯誤が続いています。
── ラフ、下書き、塗りで特にこだわる工程はどこですか?

下書きでしょうか。ラフはあくまでクライアントさんと全体の雰囲気を共有するためのものなので、下書きで細部を固めていきます。あと僕は色に苦手意識があるので、塗りで作品のクオリティを大幅に上げられる気があまりしないんですよね。一方でラフや下書きの段階までなら、人生ベストの作品を生み出す可能性が秘められている。だから下書きは頑張らなきゃと思っています。
── イラストレーターとして活動してきた20数年で、どこがターニングポイントだったと感じますか?

2007~2008年の短期間でイラストが大きく変わりました。当時はMMO(数百人~数千人規模のプレイヤーが同時参加できるオンラインゲーム)や、韓国発のイラストレーターが流行していましたが、そのあたりのビジュアルって「緻密で写実的」というのが特徴なんですよね。自分も憧れて真似していましたが、だんだん「最近の自分の絵って冷たくて堅いな」と違和感を覚えるようになってしまって……。これはいけないとマンガっぽい絵にぐっと戻しました。当時は「すごいものが描きたい=リアルに描かねば」という意識になってしまっていました。
── お話を聞いていると、本当にずっとリアルとデフォルメの境界を探りながら創作を続けてきたんだなと感じます。

そうですね。ふたつのせめぎ合いをずっとやっています。いい形で両方を取り入れられたら一番ですよね。
── なぜ20年以上イラストレーターを続けられてきたと思いますか?

挑戦してみたいことは常にいろいろあって、たとえば子ども向けの絵本にも興味があるし、地方自治体のマスコットをデザインするのも楽しそうだし、よりリアルタッチなイラストだって描いてみたい。攻めすぎた提案で仕事相手を困らせてしまう場面もありますが(笑)、基本的には幅広い要求に応えようとしているので、そこがお仕事をいただけている理由かもしれません。

あとは単純に、絵を描くこと自体がずっと楽しいからですね。自分はまだ上手くなれると思う。「こんなものじゃないのに」とイラストを描くたびに悔しい気持ちを味わっています。
── 左さんほどのイラストレーターでもまだ悔しいんですか!

はい。「まだやれることはあるはずだ。だから次はこうしよう」というのを繰り返してきました。
── それでも比較的、満足のいっている作品はありますか?

台湾でのイベント用に描いた女の子のイラストはわりと満足度が高いかな。ほどよく肩の力を抜いてのびのび描きつつ、「こんな感じにしたい」というイメージから比較的ズレずに仕上げることができました。
デビュー以降を振り返る内容の初個展と初画集
── 6月は初の画集『vioLet』発売に、初の個展「Lapse」開催と、話題が目白押しです。

どちらもデビューからこれまでを振り返るような内容になっているので、絵の変化などを楽しんでいただければと思います。
── まずは画集の見どころを教えてください。

僕の一番好きな色は紫で、赤みの強いパープルより、青みの強いバイオレットを好んでいます。ここぞというときのイラストやキャラクターデザインでは紫を使っていて、画集の表紙も紫をあしらったイラストにしました。ちなみにタイトルの『vioLet』のLだけが大文字なのは、ペンネームが左、つまりLeftだからです(笑)。画集の別冊のタイトルも『leafLet』でLです。別冊との2冊構成で、あわせて180点の作品を収録しています。
6月16日(金)発売予定の左さんの初画集『vioLet』(ジーオーティー)。160Pの画集に加え、別冊としてキャラクターデザインを中心とした32Pの秘蔵イラスト集『leafLet』も付属する豪華仕様。
── 「Lapse」もLですね! こちらの個展の見どころはいかがですか?

Lapseとは「経過」を表す言葉で、タイトルの通り、これまでの創作を振り返るような内容になっています。自分が携わったイラストがグッズ化されたことは過去にもありますが、自分の個展というシチュエーションで描き下ろしイラストを使ったグッズが出るのは初めての経験なので、ぜひグッズにも注目していただければ幸いです。
── 個展のメインビジュアルについて教えてください。

女性キャラクターを描いたほうが来てくれる方にも喜んでいただけそうということで、中央に女性をあしらいつつ、それ以外にも力を入れました。コンセプトは「クラーケンのプロポーズ」で、よく見ると後ろに巨大なイカがいます。クラーケンが女性に恋をして、宝石をプレゼントするために船を一隻沈めたというストーリーです。この女性ははたして人間なのか妖精なのか、それとも化け物なのか……。そこは想像にお任せします。

── 初画集と初個展を経て、今後の展望を教えてください。

仕事抜きで自由に絵を描いて自由に発信することは随分やってこなかったので、原点回帰じゃないですけど、今後また好き勝手に描いた絵も発信していきたいです。
6月28日(水)まで開催中! 左初個展「Lapse」
pixivとツインプラネットが共同運営するギャラリー「pixiv WAEN GALLERY by TWINPLANET × pixiv」にて、左さん初個展「Lapse」が6月28日(水)まで開催中です。
20年以上の画業から厳選した42点の作品を展示します。キャラクターデザイン、イラストレーションで幅広く活躍してきた左さんの活動の軌跡をたどる内容になっていますので、ぜひ左さんのファンもそうでない方もご来場ください。オリジナルグッズも取り揃えてお待ちしております。
開催期間:2023年6月9日(金)〜6月28日(水)
定休日:なし入場無料
所在地:東京都渋谷区神宮前5-46-1 TWIN PLANET South BLDG. 1F
営業時間:12:00~19:00
一部グッズはWEB販売も!
BOOTHにて個展販売グッズの一部をご購入いただけます。ポストカードセットや、アクリルキーホルダーなど、左さんのイラストが堪能できるさまざまな商品を揃えておりますので、ぜひ覗いてみてください。