リアルに勝る情報なし。日本最大の天井画「雲龍図」へタカヤマトシアキが挑む【令和妙心寺六景】

参加する6名のクリエイターのうち、テーマ「令和雲龍図」を担当するタカヤマトシアキさんに制作エピソードをお聞きしました。
撮影禁止エリアの「雲龍図」を見て圧倒される
── ご参加いただいたアート企画「令和妙心寺六景」について、最初の印象を教えてください。

私の普段の活動ジャンルがエンタメ業界なので、お話を来たときは「妙心寺さんで!?」と驚きましたね。
京都のお仕事でいうと、以前2019年に北野天満宮さんで「KYOTO NIPPON FESTIVAL 2019」に参加させていただいたことがあります。
このときは国宝の北野天神絵巻を新しい解釈で描くというものでしたが、今回は妙心寺さんを題材にしたイラスト。絵巻はまだしも由緒ある建物を描くということで、どうしたものやら……と思いましたね。

妙心寺の仏殿、奥に見えるのが法堂。いずれも重要文化財として指定されている

それにお寺で絵を描くというと、キャリアがとても上の人が担当するもの、みたいなイメージがありましたので、僕が描いていいのかとちょっとビックリしました。
── 北野天満宮さんと今回の妙心寺さん以外に、京都にご縁はあったりしますか?

それ以外ですと、ピクシブさんとご一緒でやらせていただいている京都芸術大学の講義や、京都精華大学の講師で伺ったことがあります。
京都というと修学旅行でおなじみの場所だと思いますが、私は学生時代に行ったことがなくて。家族旅行でも登山やハイキングが多くて、お寺といった文化的なところにあまり行った記憶がありませんね……。もしかして40代になって初めて京都に行ったのかもしれないです。
── 観光で行かず、仕事で行く感じですね(笑)。今回は現地での取材込みで企画のご相談をさせていただきました。

基本的に取材旅行ありきの仕事はなかなかありません。しかも京都といった遠方ならなおさら。最初のお打ち合わせで詳細な資料をいただいていましたし、自分がカメラを持ちこんでもそれより良い写真が撮れるかな?という気持ちもあったので、正直「取材に行かなくてもできるんじゃないか……?」と思っていました。
ですが、是非とも言われていましたし、ちょうどスケジュールにちょっと余裕ができたので伺いましたが、生で妙心寺さんの建造物の凄さを目の当たりにして、本当に行ってよかったと実感しました。

雲龍図のある法堂は東西25m×南北20mの巨大な建物
── ありがとうございます。私たちも多忙な方たちに取材旅行をお願いするのは恐縮しつつだったのですが、建物の大きさとか、空気感はやはり現地で見ていただくのが一番で……。

本当にそうですよね。写真資料でも大きい建物だなと感じたのですが、実際に見るとスケール感が想像以上でした。
私の担当する「雲龍図」は法堂(はっとう)と呼ばれる建物の天井に描かれています。その法堂がそもそも大きいので、当然「雲龍図」も非常に大きかった。

法堂内は撮影禁止。法堂の天井13mの高さに雲龍図が飾られている

実は最近、日光東照宮にお参りに行ったんですね。日光東照宮には同じく天井画である「鳴き龍」がありまして、今度行く妙心寺さんもこんな感じかなと思っていたんです。
けれど実際に妙心寺さんに来て見上げるとすごい迫力。高さ13メートルの天井に直径12メートルの絵が飾られており、「雲龍図」としては日本一のサイズだそうです。「雲龍図」は撮影禁止で公式写真しかなく実際のスケール感がつかみにくかったですし、本当に行ってよかったです。
「八方睨みの龍」をイラストで表現する
── 受付の方の説明も大変わかりやすくて良かったですね。

現地で説明を受けながら見学するというのも良い経験でした。受付の方のアドバイスに従って、広いお堂内で天井の龍の目を見ながら歩く。順路に従って歩くとあるときまでは「下り龍」、あるときから「昇り龍」に見えるという……。そして、ずっと龍の目が自分達を捉えているように見えることから「八方睨みの龍」というそうです。
法堂内も天井が高くて、ある種の劇場だと思うんです。昔は電球なんてありませんから蝋燭で明かりを灯している。そのなかで天井を見上げると、天井に描かれた龍は今以上の迫力だったと思います。
色々お話を伺いつつ、「なるほどなー!」となりながら、イラストをどうしようか考えていましたね。
── この取材前後でイラストのモチーフに対して何か印象は変わりましたか?

元々「完成形はこんなものかな」というイメージはあったのですが、それがより明確に固まった感じですね。

令和雲龍図のラフ

このラフは取材後に描いたものです。妙心寺さんの法堂の上空に龍が舞う構図を作品に落とし込むとき、こういう風に描こうという自信が付いたというか、いけるなという確信が深まりました。
── タカヤマトシアキさんのお題である「令和雲龍図」の見所について教えてください。
令和雲龍図 Art by タカヤマトシアキ

ずばり龍ですね(笑)。
龍は仏法の守護者で、仏様の教えを雨の恵みのように降らすとされているから雨雲の中から姿を現すそうです。
「八方睨みの龍」の要素も入れました。

雲の中にいる龍が視線をユーザーに向けている

ただ、天井画と違ってイラストですから目線を絵を見る人に向けているので、イラストをご覧になった方には「龍が私の目を見ている」という要素を覚えていただき、ぜひ実際に法堂にいって雲龍図を見上げていただきたいですね。
東洋龍と西洋龍の違いを汲み取りつつ、リアルに寄せる
── このイラストを描くに当たって苦心された点はありますか?

まず最初に建物の描き方にちょっと迷いました。
コンセプトアートのようなシルエット重視ではないと思いましたし、あくまで主役は龍です。なるべく丁寧に描きつつも、描きすぎてフォーカスがいかないように気を遣いましたね。
あとは龍の色もどうしようかと思いました。原画となる天井画は木板に描かれているので、木の色がベースになっています。龍の色といえばファンタジーですと、レッドやグリーンみたいな印象があります。
ですが、雲龍図の龍はその色に意味を見出そうとすると、「仏法の守護者」という立ち位置から金色、黄色が相応しいなと考えました。金色、黄色は無属性というかある種の神々しさがあるんじゃないかと思うんですね。後ほど妙心寺さんにも確認いただくと問題ないということだったので安心しましたね。
思い返すと私自身、いわゆる東洋龍といいますか、長くて細い龍って描く機会があまりなかったかもしれません。
東洋龍とドラゴン的な西洋龍は同じ龍でもデザイン的なアプローチが異なります。西洋龍はまだ生物学的に恐竜の延長線で理解がしやすいんです。こういう風な形態だったら生き物としてというか、動くものとして成立するな的な。

ただ、東洋龍ってより幻想的で基本的に地上に降りてこない。ずっと空を飛んでいる存在ですから、手というか前足、両足の位置も距離が離れすぎている。
── たしかに西洋と東洋では龍の描き方が異なる印象です。

ドラゴン的な西洋龍の経験は多いのですが……。
ここまで密に描いたのは今までに3回くらいしか経験がなくて、格好良く描けるかな、みたいな心配はありました。
特に目が行きやすい顔の構成要素ですと、髪の毛のような体毛を生やすのか、硬い皮膚状にするのか。リアリティを出すため、何かしらの動物の要素を取り込むことが多いのですが、東洋龍は西洋龍に比べてこれがなかなか難しい。

さらに法堂という建物のリアリティと比較して違和感のないようにするのはなかなか難しかったというか、恐る恐るやりました。
最終的に、本当にその場にいて龍が空で舞い踊っている様子を見上げている自分……そんな雰囲気が感じられる絵になっていればと思いますね。
── 最後に「令和妙心寺六景」でお寺や京都、妙心寺に興味をもっていただいた方にメッセージをお願いします。

国宝や仏像、建造物がすごいのは知っているが、あまり興味がないというか行くまでもないという人はいると思うんです。

京都の交通機関で掲示された「令和妙心寺六景」の広告

そういう方たちのなかでサブカルやエンタメイラストに興味がある人が、今回のピクシブさんの企画を通して、「変わったことやってるな」とでも思ってくれたらまずはありがたい。そこから実際はどうなっているんだろうとか興味が連鎖して、旅行までして本物を見てくれたらもっとうれしい。
イラストは未知への興味を促すとか知見を広げていただくきっかけになると思うんです。今回の「令和妙心寺六景」という企画をきっかけに本物の素晴らしい文化財を体験して、ご自身の美術や歴史の知識や体験を広げてくれたらこの上ない喜びですね。