想像しながら撮影して、創作につなげる。mochaの「名もなき名スポット」探しのススメ【令和妙心寺六景】

京都・妙心寺 退蔵院で2022年11月23日(祝)から12月4日(日)まで開催中のアート企画『令和妙心寺六景』。妙心寺にまつわる6つのモチーフを、6人のクリエイターが個性豊かに描き出します。
「退蔵院 紅葉」をテーマに四季折々の演出で描いたmochaさんのスペシャルインタビュー!
現実の世界に非現実が入り込んでくるイラストを目指した
── 本日はお忙しいところお時間いただきありがとうございます。まず最初に今回の「令和妙心寺六景」のお話を聞いてどういった印象をもちましたか?

妙心寺さんというと京都の立派なお寺ですし、重要文化財だったり、国宝をお持ちになっていますので、歴史的な重みがあります。
自分が1、2回行ったところでその形を表現できるのかというプレッシャーを感じたのが第一印象でしたね。
また、私のいつもの作風にもありますように現実からどこまでアレンジしていいのかはちょっと心配になりました。
── mochaさんの作風ですと、現実と非現実の中間のようなイラストが多いと感じます。

元々そこまでファンタジーな絵を描くかというと、そういうつもりでもなく何かリアルなところからちょっとだけ非現実的というか、空想的な要素がにじみ出てくるというか。ファンタジーがちょっとだけ侵食してくるようなイラストを好んで描いています。
今回のイラストも、日本のあやかしや妖怪など日本古来の文化と、それとは真逆のファンタジーといった要素がコラボレーションする……そういうのを感じられるような仕上がりを目指して着手しました。
── 今回の妙心寺さんと過去に別のご縁があったとお聞きしました。

そうなんです。今回のアート企画を担当されている退蔵院の副住職の方が、かつていらしたお寺に子供の頃よく通っていました。
しかもいらっしゃった時期と私が通っていた時期がぴったり同じで、すごいご縁があるなと。そのご縁に驚きつつ、こういった企画でまたご一緒してイラストを見ていただけることをとても嬉しく思います。
── 今回は複数のクリエイターの方々と現地取材にご参加いただきました。取材の印象やエピソードを教えてください

個人でも海側だったり山側だったり自然が多いところに旅行しますが、お仕事として取材旅行を設定いただくことはあまりないですね。
アニメの美術監督クラスだとロケハンをしながら回るという話はありますが、それでも他の作家さんと一緒に、というのはなかなかない。
しかも、ご一緒させていただいた方たちが、風景とか、1枚絵をメインにしている人たちだったので大変刺激になりました。
例えば、ロケハン撮影するにしても自分の場合、対象を前にしたら最初にどこでどういう画角で撮るか体に染みついて、無意識にその動きをしてしまいます。
他の方はどうしているんだろうと見てみると、近いところから撮る人もいれば、遠いところから徐々に寄っていったり。


自分と他人の視点の違いってなかなか気付かないですよね。
何を大事にするとか、自分がお気に入りの角度とかって多分あると思うんですよ。見上げる方が迫力が出るから好きな人は見上げた写真をたくさん撮るし、お土産が好きな人はお土産をいっぱい撮るし。
風景を中心に描く方や、キャラをメインにして描く方、イラストの表現は様々ですが、皆さんが何を大事にしてるのかを感じられる気がして、すごい刺激的でしたね。


あとで写真をご提供いただいて印象的だったのは、この大休庵(茶室)でのオフショットですね。
皆さんカメラを構えていますが、誰ひとり同じところを撮影していない(笑)。
それぞれの視線で見ているんだなと知れて面白かったですね。
紅葉シーズンの茶室、4枚の窓を四季に見立てる演出に
── 今回の制作いただくテーマは「退蔵院 紅葉」です。このテーマと最初の印象を教えてください。

他の方のテーマが「龍」や「瓢鮎図」など難解なモチーフだと伺っていましたので、自分はそこまで気負わずにやりたいな、と。昔の人と同様に、スタンダードに自然の本来の美しさを茶室を通して感じる、その感動をイラストで表現できたらいいなと考えました。
「紅葉」は大変わかりやすく、主役として立てやすい色です。
そして、日本人的な感覚だと思いますが、“紅葉シーズンの茶室”に憧れや思い入れ、趣を感じる人が多いと思います。そのアイデアを茶室で考えているときに、窓の外の庭にふと目が向きました。
お庭は職人の方が手入れをされていると思いますが、四季折々の景色が見えるようで……。その四季の広がりをどうしても見せたく、色々試行錯誤をしました。超横長の構図であればよかったのですが、今回はA版横のサイズの制約があり、上下の幅が意外に広いんですよね。
考えた結果、それぞれの窓から木を張り出す演出を考えました。紅葉シーズンに展示されますので、赤のイメージを強くして、張り出してる木も大きく、目を惹くようにしてみました。

── 石庭とは退蔵院の庭園「余香苑」入り口にある「陰陽の庭」のことですね。

取材中はこの石庭の要素を使おうとは思っていなかったのですが、イラストの下側を処理するにあたって、もう少しだけ要素がほしくなりました。
余香苑にあるお茶席「大休庵」で休憩したときに、床に敷いてある赤い毛氈(もうせん)※を撫でてみると軽く毛羽立って光の加減で色が変化して見えたんですね。


このイラストを現地で見ていただく人は、退蔵院から余香苑の門をくぐるときに「陰陽の庭」をご覧になってから大休庵に行かれると思います。当初、「陰陽の庭」の要素をすべて持ってくることも考えました。
けれど、石庭といった大きな凸凹した要素があると、背景やキャラクターといった大事なモチーフに目が行きづらい。そこに毛氈の表面のような毛羽立ちで石庭を表現するのはどうだろうとひらめきました。パースを見せつつ、光や石庭の要素で画面を埋めようという工夫が良い感じの着地点になりました。

── 石庭のアプローチは大変感銘を受けました。他に余香苑や大休庵で印象に残っているところはありますか?





「春はあけぼの。」と枕草子の一節のように、何かの趣を感じられるか。今回の私のモチーフである大休庵のイメージは訪れた時期によって変わると思うんですよね。
私は訪れたタイミングや印象もあって木が出てきましたが、人によっては異なるものが感じ取れるかもしれません。そしてそこに面白みを感じてもらえればいいなと思います。
心の赴くままに写真を撮る、「名もなき名スポット」探しの旅に出よう
── ありがとうございます。今回のイラスト制作の工程で何かエピソードはありますか?

今回のイラストはとてもスムーズに制作できましたね。
私はもともとアニメ業界にいたこともあり、スピード感を心がけていましたが、今回は取材を終えた時点で完成形が見えていことが大きいですね。
イラストのモチーフの場所に行って撮影ができたり、お話しを伺ったおかげか取材中にはラフがもう頭の中にありました。
また他のクリエイターの方たちと一緒に取材にいったことで、「この人はこういう絵を描くだろうな」「あの人は訪れる人の雰囲気を見ていたから人物多めでいくのかな」と、それぞれの完成形について意思疎通みたいなものができていたというか。
── 複数のクリエイターの方たちと共同で主催できたのは良かったですね。

こういう共通のテーマを複数の方と作るのってなかなか難しくて。なるべくみんなとかぶらないようにって考えるので、多少の駆け引きみたいのがあるんですよね。
自分に求められるものを超えたいと思って突っ走ってもいけませんし、テーマ展的なバランスもあります。そういう意味で、ご一緒するクリエイターの方たちと話しながら取材し、ラフを練られたのはよかったです。
── 最後に「令和妙心寺六景」に興味をもってくれた人にメッセージをお願いします。

最近ですと、それこそデジタルカメラやスマホで思いついたらいつでもすぐに写真が撮れます。
何かしらご縁があって妙心寺さんにいらっしゃる方は、映え中心の撮り方だけではなく、自分はただこの裏路地が好きなんだとか、観光スポットじゃないけどこの場所に何かを感じる、「名もなき名スポット」みたいなところに目を向ける機会になったらと思います。


たとえば、私が気になったのはこの藤棚。実は、テーマに茶室の指定がなかったらここを描くのもありだなと思ったくらいです。
藤棚のシーズンは春ですけど、夏の青々としたこの感じもいい。
藤が見えてるわけではないんですけど、写真に撮って「春に来たら綺麗なんだろうな」と想像してから、実際に来て答え合わせをしてみるとか。
違う季節のシチュエーションを想像しながら写真撮るのが面白いんでしょうね。だから絵を描かなくても楽しめる、意識を変えるきっかけにちょっとでもなるといいのかなと思いますね。
── 「名もなき名スポット」という言葉がいいですね。



例えば余香苑の途中にある「水琴窟」※とか、順路から外れたところにお寺の人が掃除した箒がおかれていあったり。秋には葉が鮮やかに染まった紅葉が綺麗だったり、あるいは落ちかかっているその葉を見て風流だなと思う人もいるかもしれません。そういう想像をすると「何かいい」ですよね。
だから写真を撮るとき「ここがいいんだ」と明確に言えなくてもいい。「何かいい」でいいと思うんです。自分もなんとなく写真で撮っていて、後からいいなと思ってそれをイラストにすることもあります。
想像しながら撮影して、想像しながら回るっていうのは妙心寺に限らず私のおすすめの楽しみ方ですね。