男女の話ではなくヒト型の猫の話として受け取ってほしかった『ねこにんげん』作者・ぱらりインタビュー

構成/原田イチボ@HEW
「猫、かわいい!」と軽い気持ちで読んでみたら、強烈なカウンターパンチを食らうかも? 人間とヒト型の猫が共存する世界を描いた漫画『ねこにんげん』は、ねこにんげんたちの日常を通して、性別や容姿、マイノリティといったテーマに鋭く斬り込んでいます。
人間にかわいがられるのが苦手なハチスケ、整った容姿を武器に猫モデルとして活躍するマキオ、人間にかわいがられることを重視するミケ、人間嫌いのクロノ。それぞれ異なる価値観を持ったねこにんげんは、どのように生まれたのでしょうか? 12月19日にコミックスが発売された『ねこにんげん』の作者であるぱらり先生に、作品に込めた思いについて伺いました。
自分より圧倒的に強い生き物から“かわいさ”を求められる猫たち
── 『ねこにんげん』の世界では、ヒト型の猫たちが、人間と同じ職場で働いたりして、社会に溶け込んで暮らしています。このユニークな設定は、どのように閃いたのでしょうか?

ファンタジーと現実をリンクさせたようなお話が好きで、獣人キャラや人外キャラも好きなんです。「もしも猫が人間のような意識を持っていたら……」を想像するうちに、もともと自分が日々感じていた現代社会への疑問と結びついていきました。
猫ってかわいいじゃないですか。私自身も猫と暮らしていた経験があるので、「猫かわいい」という気持ちはすごく理解できます(笑)。ただ、1歩引いて考えてみると、自分より圧倒的に大きくて立場も強い生き物から、かわいさや癒しを求められる状況というのは、猫にとってどうなんでしょう。そして、立場の強いものから“かわいさ”を一方的に求められる構図は、現実社会にも存在しているものです。その着想をもとに『ねこにんげん』第1話を描いてTwitterにアップしたところ、現在の担当編集である稲石さんにお声がけいただきました。
── 稲石さんは、『ねこにんげん』という物語のどんなところに魅力を感じたのでしょうか?

「ハチスケはワガママだ」と怒る読者もいた
── Twitterに掲載した第1話は、5.4万いいね(※2020年12月8日時点)という大反響を巻き起こしました。何か印象に残った感想はありましたか?

自分自身の経験と重ね合わせて読んでくださった方々が多かったようで、すごく長文のメッセージが届いたこともあります。「こんなに多くの人たちがハチスケくんと同じような生きづらさを抱えているんだな』としみじみ感じました。女性やマイノリティの方からの共感の声が多かったんですが、なかには男性の方から「今まで女の人たちが何に怒っているのかわからなかったけど、こういうことだったのかと考えるきっかけになった」という感想もありました。そういう気づきに繋がったことはすごく嬉しかったですし、また、第1話のハチスケのように周囲に弱音を吐きづらかったりと、男性自身の生きづらさについても考えるきっかけとなれば幸いです。
── “ねこにんげん”という架空の生き物を通すことで、男女の対立構造に回収されず、むしろ素直に自分ごととして捉えて読める気がします。

もしもハチスケを本当に人間の女性や男性、特定のセクシュアリティや人種など、実在する属性として描いていたら、対立意識や偏見から、正直「こんなの甘えだ」みたいな反響が山のように届いたかもしれません。ねこにんげんの物語だからこそ、バイアスなしのまっさらな状態で読んでいただけるんでしょうね。
── ということは、あまり反響が荒れるようなこともなく……?

ごく少数の意見ではありますが、「猫なのにかわいがられるのが嫌だなんて、ハチスケはワガママだ」という感想をいただいたことがあります。ただ、私はその意見は逆にすごく興味深かったんですよね。それって、物語に登場する嫌な人間キャラそのままのセリフじゃないですか。そんな考えを持つ人は、どんな人なんだろう? もしかしたら、その人自身も「〇〇だから、こうすべきだ」という価値観の押し付けに苦しんでいて、だからこそ「自分は我慢しているのに、この猫はなんだ!」という怒りに繋がったのかもしれません。「ねこにんげんだけではなく、人間側の視点もしっかり描かねば」と一層強く思わされる出来事でした。
「私はこう思います!」ではなく「みんなで考えていこう」
── ハチスケ、マキオ、ミケ、クロノたちメインキャラクターは、どのように生まれたのでしょうか?

まず思いついたのが、人間にかわいがられることが苦手なハチスケくんで、そこから「じゃあ人間にかわいがられるのが得意な猫もいるだろうな」「ハチスケ以上に人間嫌いな猫もいるだろうな」と他の猫たちが生まれていきました。
── 特に思い入れの強いキャラはいますか?

思い入れで言うとミケくんですね。昔、三毛猫を飼っていたので、単純に三毛猫が好きなんですよ。あとミケくんが初登場した第2話は、自分で描きながら、「こういう人、いる!」「自分も悪気なく、こういうことを言ってしまっていた」といろいろ思い出すことがあって、苦しくなってくる部分がありました。
── ミケくんは悪気なく周囲を傷つけてしまうことがありますが、ミケくんが悪役にならないように慎重に描かれているのを感じます。

「ミケくんを悪者にしたくない」という気持ちは最初からありました。「猫はかわいいのが正義」という価値観にしか触れる機会がないまま育ち、彼もある意味では被害者なんです。ハチスケ、マキオ、クロノたちとの出会いで、ミケくんも変わっていくし、周りのみんなも変わっていく……。そんな希望のある描き方がしたいと思っています。そういう意味でも、第5話でミケくんが本音を吐露するシーンは、すごく描きたかった場面でした。
── メインキャラはみんな異なる価値観を持っていますが、全員が自分の意見を声高に主張するようなタイプではありませんね。ひとりのキャラが他のみんなを引っ張っていくような構図は考えなかったのでしょうか?

むしろ『ねこにんげん』の場合は、「このキャラが言うことは全部正しい」のような見え方にならないように注意しています。ハチスケは写真を撮られることが苦手だけど、マキオは猫モデルの仕事に誇りを持っている。様々な考え方のねこにんげんがいる上で、「じゃあ自分はどうしよう?」と読者の方々も一緒に考えていけるような物語にしたいんです。
── 良い意味で答えを出しきらず、「こういう考え方もある」というのを複数提示していくんですね。

押し付けがましい書き方にはしたくないんですよね。「差別はダメ」というのは大前提ですが、そのゴールに至るまでには、ひとりひとりの試行錯誤が必要です。だから、「私はこう思います!」ではなく「みんなで考えていこう」という形にしたいんです。
── 『ねこにんげん』では、ねこにんげんだけではなく、人間側の葛藤も描かれています。

ねこにんげんの世界では、確かに人間たちは猫に対して強い偏見を持っています。でも、「みんなで考えていこう」というメッセージを伝えるためには、人間たちを完全な悪者にしていてはいけません。だからこそヒトミさんやヨシヒトさんのように、人間たちが問題と向き合って成長していく姿もしっかり描きたいと思っています。
── ハチスケ、マキオ、ミケ、クロノたちは全員男の子ですよね。そこは何か考えがある部分なのでしょうか?

創作だからこそ加害者側の視点も描ける
── ぱらりさんの「明確に悪者を作らず、みんなで考える」という姿勢は、どのように身についたものなのでしょうか?

そこは問題意識というより、お話づくりの好みに近くなってくるのかもしれません。人生って、一筋縄ではいかないじゃないですか。本気の悪役を描くにしても、その人がそうなった理由はどこかに存在する。個人的には、そこに物語の面白さを感じるんです。「ひとりひとりのキャラを掘り下げたい」という気持ちが、わかりやすい悪役を出さない物語づくりに繋がっているのでしょうね。
私、現実で差別してくる人間に対しては、別に「その人にも事情がある」とか想像して許してあげなくて全然問題ないと思うんですよ。でも、お話の中でハチスケくんがヒトミさんを許す展開を描いたのは、創作だからこそ加害者側の視点も描けると考えたからです。そうすることで、読者の方々が自分の言動を振り返るきっかけが生まれ、世の中から、差別というものが少し減るかもしれない。いろんな立場を想像してみるというのは、創作だからこそ可能なことです。
── ハチスケくんがヒトミさんを許す展開というのは、第6話ですね。

ヒトミさん自身が生きていく上で感じてきた辛さと、なのに自分が加害者になってしまったことへの反省。そこをどう描くべきか、すごく悩みました。
ハチスケくんに勝手に触れてしまったヒトミさん
── ハチスケくんに加害を働くのが女性キャラというところに、『ねこにんげん』という作品の良い意味での一筋縄ではいかなさを感じました。

もしもヒトミさんが男性キャラだったら、加害者イコール男性のような見え方になっていたと思います。でもヒトミさんは女性として生きる中で、ハチスケくんが経験したような嫌な出来事に自分自身が遭うこともありました。「誰でも加害者になる可能性があるんだ」ということを描くために、ヒトミさんはあえて女性キャラにしました。
── 『ねこにんげん』という作品を描く上で、こういうことはしない」と決めていることはありますか?

ひとつの意見を押し付けるようなことは、したくありません。あと明確に決めているルールとしては、徹底して嫌なことを言ってくるモブには目を描かないようにしています。万が一にでも「現実のあの人を描いたんじゃないか」と思われたくないんです。
── 顔がないぶん、自分の体験とより繋げて考えやすいようにも感じます。

そうですね。誰でもない描き方だからこそ、誰にでも当てはまる描き方だと思います。「自分も、この嫌なモブキャラみたいな人と出会ったことがある」や、逆に「この嫌なモブキャラは、あのときの自分だったかもしれない」のような想像をしやすくなっているのではないでしょうか。
ヒトミさんやヨシヒトさんたちは、失敗を犯しはするけれど、自分の言動を反省して物語に加わっていく人たちなので、目を描いています。それで言うと、第1話に、ニット帽をかぶった、すごく嫌な人間が出てくるじゃないですか。あの人に目を描いて、なぜあのような考え方を持つようになったかを掘り下げてみるのも面白そうですね。
「それでも他人と関わっていく」ことを選んだ物語
── 打ち合わせは、どのような感じで行われているのでしょうか? 繊細に扱うべきテーマだからこそ、描く上で考えないといけないことも多そうですが……。


もちろんマンガとしての見せ方的な話はしますが、倫理面で何か修正を依頼したことは一度もありません。「ぱらりさんの倫理観は信頼できる」というのは、読者の方々も感じていることだと思います。ヒトミさんのエピソードは私も大好きで、やっぱり他人を傷つけたことのない人間なんて絶対に存在しないじゃないですか。私個人としては、誰も失敗しない物語よりも、「誰かを傷つけたり、傷つけられたりする可能性はあるけど、それでも他人と関わっていく」ことを選んだ物語に惹かれます。だから、『ねこにんげん』は、まさに!な作品なんです。

世の中には、『ねこにんげん』が何を描いた作品なのか全くわからない人もいると思います。「伝わらないかもしれない」という不安を抱えながら描いた作品だったので、稲石さんにそう言っていただけて嬉しいです。

読む人によって、読む時代によって、物語の伝わり方は変化するものです。「昔笑っていたネタだけど、今では全然笑えない」ということは、よくありますよね。私も昔は、BLと区別するために、男女の恋愛を描いた作品をNL(ノーマルラブ)と呼んでいましたが、今の自分としては、間違った言い方をしていたなと感じます。時代とともに価値観は変化していくものなので、手探りで作品を届けていくしかありません。

ここ5年くらいで世の中の意識が一気に変わりましたよね。実は、私も昔はNLって言っていました……。でも「ノーマルって何だ?」と立ち止まることができる自分になれて良かったと感じています。
「かわいいと言われることは、良いことだ」という価値観が揺らぐミケくん
── 今後『ねこにんげん』で描いてみたいことはありますか?

メイン4人の成長を描きたいです。特にミケくんは、「人間にかわいいと言われることは、良いことだ」という価値観が揺らいで、これから大きな変化がありそうですよね。人間嫌いのクロノくんも「俺はこのままで良いのか?」と悩むようになるかもしれません。
── ミケくんとクロノくんの関係性も気になります。正反対のふたりですが、少しずつ距離が縮まってきました。

── ハチスケくんとマキオくんも、なかなか正反対ですよね。

実はふたりは高校時代の同級生なんです。当時のマキオくんは、たとえば「一緒に文化祭で看板猫やろうぜ」みたいなことを言って、ハチスケくんを悪気なく傷つけてしまうこともあったかもしれません。そんな彼がハチスケくんと出会って、どんなふうに「こういう考え方の猫もいるんだ」と気づいていったのか? ミケくんとクロノくんとはまた違う、ハチスケくんとマキオくんならではの歩みがあったんだと思います。それもまた今後描いてみたい要素ですね。
高校時代のハチスケくんとマキオくん
── 最後に、pixivision読者へのメッセージをお願いします。

『ねこにんげん』を通して、みなさんが自分の中にあるモヤモヤに気づけたり、「こんなふうに感じているのは自分だけじゃないんだ」とわかって気が晴れるようなことがあれば、作者として嬉しく感じます。ヘビーな内容かもしれませんが、番外編は和んでいただけるような内容にしていますので、ぜひ単行本を手にとっていただけると幸いです。
── ありがとうございました!
『ねこにんげん』の単行本が発売!
2020年12月19日に『ねこにんげん』のコミックスが発売!
ハチスケくんやマキオくんなど、ねこにんげんの視点を通して、日々感じる違和感が明確になっていく感覚が新鮮!
まさに今読みたい一冊!