ヒット作を生み出し続ける作家の共通点は?講談社の「恋愛マンガのレシピ」

構成/和久井香菜子
■マンガの技術力にプラスオンされているもの

── まずは各誌のコンセプトを教えてください。
矢野:『Kiss』は「読むと恋をする」です。そのため恋愛マンガが多いですね。
上田:『BE・LOVE』は「読むとハッピーになる」です。なので女性の生き方を取り上げた作品が多いです。『BE・LOVE』の作家さんには読者の感情に寄り添う作品を描いていただいています。気分が上がったり、トキメいたり、絶望したり感動したり、読んでくださる方にも感情の変化を楽しんでいただきたいなと思っています。
矢野:恋愛マンガって「めちゃめちゃイケメンの、王子様みたいな人が現れて、すごく夢を与えてくれる」っていう作品もあると思うし、「すごくリアルな、人間の嫌なところを出しつつも、そういう中で男女がどうやって向き合っていくんだろう」みたいなことを提示する作品もあると思うんです。『Kiss』の作品って、日常にありそうだけど、言語化できなかった感情をすごく的確に表してくれるような作家さんが多い気がします。日常にリターンできるような恋愛マンガが多くて、そこがすごいいいなと思っています。
── 人気が出る作品の条件ってなにかあるのでしょうか?
上田:『私たちはどうかしている』の作者・安藤なつみさんは、ご当地・金沢、和菓子、和服萌え、引きの強い恋愛という、女子がワクワクドキドキするものを組み合わせて企画されていると思います。今は雑誌を代表する人気連載になっています。

『私たちはどうかしている』(安藤なつみ/講談社)
── ご本人が金沢出身ってわけではないのですね。
助宗:たしか、『ちはやふる』の末次由紀先生も、編集部員がかるた経験者で、先生がもともとやっていらしたとかではないですよね。
上田:同じようなケースで、『能面女子の花子さん』を描いていらっしゃる織田涼さんはネタ探しにカルチャースクールに通っていたそうなんです。その中に能面の講座があって、女子高生で能面をかぶっている花子さんというキャラクターが生まれたと。そもそも能面がすごく好きだったわけではないです。

『能面女子の花子さん』(織田 涼/講談社)
助宗:売れているマンガって、マンガの技術力に加えて、作家さんが勉強して挑んでいる企画性がプラスオンしているものが多いですよね。でもマンガ家志望の人は、自分が得意なことだけで勝負して、知らないことは描かないっていう人がすごく多いです。自分のベースの上に何を乗っけるか、乗っけられるかが、ヒットする作家さんの特徴だと思います。
── 好奇心旺盛なのがいい?
矢野:「好奇心が強い」というと、すごく前向きに「自分で題材を探しに行こう!」といイメージだと思うんですけど、そうじゃなくても、たとえば普通に生きているなかで出会う人、その人からおもしろみを発見・吸収してマンガに活かしていけるか、みたいな好奇心の種類もあると思います。
■原因はパートナーシップなのか、作品なのか
── 売れるマンガがある一方で、ボツになる作品がありますが、それはどんな理由ですか?
上田:作者の「言いたいこと」が含まれておらず、おそるおそる読む人の顔色を窺っているような作品ですね。もちろん「いいね」って言ってもらいたくてがんばってる作品は、一定以上の基準には達していたりはするんです。でも読み手の心に刺さらないものもあります。作家さんの本当に描きたいもの、言いたいことをもっとおそれずに見せてほしいなと思うことはありますね。
矢野:読み終わったときに、印象に残るものが少ない作品でしょうか。最後まで読んでみたけれど、キャラクターや場面が印象に残らず、読み終わったとき「何の話だったっけ?」とわからなくなってしまうマンガもあります。
一方、面白いマンガって「このキャラすごくいいよね」とか「この場面すごく良かったよね」っていうのが必ず1話の中に入っています。その辺がぼやっとしていると「もう少し練りましょうか」とお伝えすることがあります。
助宗:マンガの判断はネームでしますが、面白い作品は、人物が丸描いて表情がちょんでもわかります。
矢野:いいネームは、いいですね。
上田:丁寧さじゃない。
── ではボツが続くとか、低迷したときにはどうすればいいでしょう?
上田:描く場所(出版社)・雑誌・担当者を変えるのも一案だと思います。
助宗:パートナーシップは重要ですよね。誰と組むかで全然違います。
上田:嫌だと思う人と組んで、嫌な気持ちのまま描いても健康的じゃないと思うんです。「担当編集から連絡が来なくて、困ってるんです」ってケースも、よく若手の作家さんから聞きます。電話やメールで作家さんサイドから働きかけたうえで、それでもダメだったら早々に違う方と組んだほうがいいです。コミュニケーションが取れないと作品をつくり上げることは難しいと思います。
助宗:一緒に育っていける、成長させてくれる編集者がいいと思います。たとえば作品をボツにするとき、「こういうところがハードルだから、次はこうして頑張ろうね」って言う人。
反対に、「いやこれ、つまんないからダメ」って言う人はよくないと思います。
この人と一緒にやっていったらきっと自分は次のステップに行けるだろうなっていうビジョンや感覚を与えてくれない編集者はあまりよくないんじゃないかな。
矢野:担当とのパートナーシップが合わなくてなかなかマンガが上手くいかないときに、ずっと同じ人と頑張り続けて時間をロスしてしまうのはもったいないと思います。
助宗:重要なのは、なんでボツになるのかわかっているかです。
上田:ボツにした担当者に「何でこれはボツなのか」を尋ねるのは大事ですよね。
助宗:自分はすごくいいと思っているのに「編集に一方的にダメだと言われました」だと、ルサンチマン(恨み)が溜まってしまう。「何でわかってもらえないんだ」「あの人のせいでこれが通らなかった」になると思うんです。
「ここは、こういう部分がこう弱くて、これだと成り立たないと思うから、もう1回白紙に戻して考えましょう」というような、担当としっかりとした話し合いがあれば次の目標ができますよね。沈んだままではなく、もう1回ちゃんとやらなきゃってなると思うんです。ボツのまま停滞し続けてる人は、何が問題なのかあまりわかっていないのかもしれません。
矢野:何でダメなのかを分析できることが重要なんですね。
助宗:誰とやっても、ある程度まで人気の出た人は、その後誰とやってもおもしろいマンガが描けると思います。いい作家さんは、相手から何を吸収するかわかっているんです。担当ごとに、パートナーシップの取り方を変えたり、その人のいいところを吸い上げたりすることができます。新人編集からも新鮮な、若い子の意見を吸収するんですよね。それがトップであり一流の作家です。
■「恋愛マンガの記号」に逃げない

── 最近の恋愛マンガの傾向ってありますか?
上田:関係性の展開が早い作品が増えていますよね。
助宗:結婚から始まってたりとか、付き合ってるところから始まってたり。
矢野:1話で付き合うみたいな。
上田:「シンデレラのその後」みたいな話が多くなってるような気はしますね。付き合うまでの過程って、もう人生でワクワクしきった人たちが読むと「その後はどうなの?」って思ってしまう。その後にも希望とか憧れを見続けたかったり、現実を知りたかったり、そこが気になる読者も多いのかなと思います。
── 歳を取ってくると「そこで終わらないだろう」って思いますしね。
助宗:付き合っても、セックスしても、ボロボロにフられたりしても終わんないだろうと。子ども産んでも終わらないし、結局最後は死で終わるわけですから。
── 最後は死……確かに。恋愛マンガを描くのに、恋愛経験は必要ですか?
上田:これも作家さんの特性によるかなと思うんです。
たとえばすっごく眼鏡が好きな男性の眼鏡にフェチズムを感じて、フェチズムを強く出す恋愛マンガもありますよね。フェチズムなら実際の恋愛経験がなくても描けるでしょう。
一方で、関係性そのものがすごくいい作品もあると思うんですね。たとえば私が去年『テラスハウス』の軽井沢編にドはまりしたんですけど……。
助宗:いろんなものにはまるっていいですね。
上田:しおんとつばさの出会いが素晴らしかったですね。夜中にもう叫び声を上げたいぐらい興奮して観てたんですけど、あれって関係性に強い萌えがあったと思うんです。だから「何に自分がトキメくのか」が描く作家さんによって違うんじゃないかと思います。
矢野:「恋愛ってこうしてこうしたらトキメキでしょ」みたいな恋愛マンガのお作法とかパターンってありますよね。一時期「壁ドン」が流行りましたけど「壁ドン=トキメキ」みたいな記号が存在している。そうすると、それに展開を頼って、お作法っぽくなっちゃうこともある気がしています。
「このキャラとこのキャラが、こうなったときにすごくうれしい」みたいな関係性って、愚直に考えないといけないと思います。
── 以前、「女性向け恋愛マンガは男性には描けない」と聞いたことがあります。男性作家が御誌で描くことはできますか?
上田:ショートマンガで本誌に連載されてた方もいらっしゃいましたし、男性の作家さんはいなかったわけではないんですよ。あと『BE・LOVE』では、『ITAN』って雑誌もやっていたので、青年誌的なものを受け入れる素地があるんです。だから男性だからダメってことはないんですね。今後はもっと性別の垣根はなくなっていくんじゃないかな。女性でも男性でも、ゲイの人でもいい。セクシュアリティが関係なくなっていってほしいなとは思いますね。
矢野:男性向けマンガの恋愛のパートで、すごく細かく心の機微が描かれている作品も多いので、女性の心の機微が男性には描けないとは全く思わないです。でも男性から見ると、「女性誌に男性はお呼びじゃないのかな」って思われてしまうような、見えないハードルがあるのかなあとは感じます。
助宗:ユーザーにとってそれが有意義かどうかだけの問題で、それを作る人間が男性だからとか女性だからとかセクシュアリティはどうでもいいかなと思います。
■『Kiss』『BE・LOVE』の傾向
── 恋愛マンガを描くときって、リアルとファンタジーのバランスを悩みそうですよね。
矢野:あまり現実だけ見せられても辛いだけだし、難しいところですよね。
助宗: 友達とお茶しながら「ああ……そろそろ結婚しなきゃやばくない?」「ね! でもいい人いないよね」っていうような気楽にキャッキャと話したい日もあるし、居酒屋でマジで泣きながら先輩に説教もされちゃったみたいなテンションの日もあるし、人生いろいろありますよね。
だからマンガがガチで「お前それでいいの?」みたいなこと言ってくると、辛い日もあると思います。
── それは辛いですね(笑)。
助宗:だから「ちょっと共感しあうだけで、深い話までいかない」っていうテンションでマンガを読みたいときには、イケメンが出てきて癒してくれる作品がその日の気分に合うマンガだと思う。
矢野:そう。寝る前に読んで癒されたいだけっていう読者さんは、一番夢のある、おいしいところをきれいにまとめてあるマンガを求めていると思います。
その辺は作り手の狙いがしっかり見えていることが大事ですね。
── ニーズを考えてバランスを調整するんですね。
助宗:反対に女性のリアルを突きつけたり、問題提起してたりする『東京タラレバ娘』や『逃げ恥』みたいな作品へのニーズもあります。
矢野:でも全てのマンガがリアルを突き付ける感じだと、読者の気分に合わない日もあるかもですよね。
助宗:そう。だからこの『逃げ恥』の在り方って、すごく繊細です。結婚制度に直接言及してる作品ではあるけど、作家さんは女性の人生を俯瞰して問いを投げかけています。そうすることで、矮小化していく社会や、さらにいえば趣味の領域に特化しがちになっていくマンガ世界と真っ向に向き合った作品だと個人的に思っています。
矢野:前線に立って。

『逃げるは恥だが役に立つ』(海野つなみ/講談社)
助宗:でも非常に難しいことをやってると思うんです。そういう気合のある作家さんがこれからも新人さんで出てきてほしいと願っていますし、それをサポートできる編集者でありたいと思っています。
上田:一方で『BE・LOVE』は、個人の社会に対する怒りからはすでに卒業した感じですよね。あんまり怒ってないかも。全体のテイストとしては社会に対して「強くこれを言いたい!!」ではなく、読むと前向きになれる連載が多いかもしれません。
── 執筆する作家さんは「いくつ以上」が条件などといった線引きはありますか?
上田:読み切りだと、17歳の作家さんの作品が最近載ってましたね。だからあまり年齢は関係ないです。
矢野:『Kiss』も読み切りだと20代前半の方とかが載ったりします。連載となると30代ぐらいからの方が多いですが、年齢は気にせずどんどん応募して欲しいです。
助宗:投稿者はほんとうに幅広いですね。
上田:『BE・LOVE』は恋愛から親子愛、動物愛など様々な愛に関する作品を募集しておりますので、もし漫画で何か言いたいことや発表したいことがある方は持ち込みからぜひ。お待ちしています!