理想は「祖父母が孫にプレゼントできる3Dアバター」YOYOGI MORIがチームでつくる理由
VR SNSなどバーチャルな世界における交流が盛り上がる昨今、BOOTHでもアバターを始めとした3Dモデルにかかわる商品が増えており、現在では年間24億円もの取引が行われています。
そのなかでも、とりわけ注目を集めている「YOYOGI MORI」。
YOYOGI MORIは、キャラクターデザイナーの典樹さんが主催するアバター服飾サークルです。物語を感じるブランドコンセプトに基づいた素体とファッションで、独特の世界観を発信し続けています。
とくに特徴的なのが制作スタイル。通常、コンセプト設計、デザイン、モデリングなどの各工程のすべてをひとりのクリエイターが行うことが多いですが、YOYOGI MORIではそれらすべてを別のクリエイターがチームとして、しかもブランドごとにメンバーを変えて行っています。
なぜYOYOGI MORIは、チームで制作しているのか。高クオリティな作品を生み出し続ける秘密はそこにあるのではと、チームで制作する理由と、チームで創作し続けるための秘訣を典樹さんに聞きました。
YOYOGI MORIとはなにか
── まず、YOYOGI MORIがどうやって生まれたかを教えていただけますか

2019年くらいから、VRはもっと一般的な楽しみになっていくだろうと感じていました。そうなったとき、自分もここに参加していたい、そして特別な体験を提供したいと思ったんです。自分の作ったキャラクターが生命感を持って目の前にいるような体験です。
それが大きなきっかけとなって、YOYOGI MORIは生まれました。
── YOYOGI MORIというサークルや、そこから生まれるブランドについて、どのようなことを意識して運営していますか?

ブランドすべてに共通して言えることですが、YOYOGI MORIのベースラインとして、一般の人が安心して使えるアバターを作ろうとしています。
── 「安心」とはどういう意味ですか

ゲームや動画等に使用される素材・キャラクターとしてのアバターと比較して、VR SNSでは、アバターがそのまま自分の姿になります。
そのため、自分と同じ姿の存在が丁寧に扱われることや、過激な表現にさらされないことなどを重視することが、ユーザーの安心につながるのではないかと考えています。なので、そこは規約や運営で担保して、安心して使っていただけるよう配慮しています。
また、継続的にアップデートされていつまでも使えるといった安心感も大切だと考えます。
これらの安心感を具体的にイメージした理想形として、「おじいちゃんおばあちゃんがお孫さんにプレゼントできるアバター」のようなものを作っていきたいなと思っています。
── ギフトとしても適切なブランドでありたいということですか

そうです。この理想が実現するということは、アバターに付随する様々な課題がクリアされていることにもなると思っていて、取り組みがいがある目標だと考えています。
なぜアバターごとにチームを結成するのか

ブランド「MEME」を作成したときのチームクレジット
── アバターごとに、毎回違うメンバーでチームを結成して制作すると聞きました。

その通りです。YOYOGI MORIにはメンバーが複数人いるので、この制作にはこの方、というようにメンバーをアサインし、チームを結成しています。
── なぜチームで制作するスタイルなのでしょうか。

我々が作りたいアバターの制作においてメリットが大きいからです。
前提として、3Dモデルはモデリング、セットアップ、テクスチャ、アニメーションなど様々な制作工程がある複雑なものです。
ひとりのクリエイターがそれら全てに対して同じくらい能力を発揮するのは難しい。それぞれに得意分野があります。
だから複数人で一体のモデルを制作すれば、得意分野にのみ専念することができます。苦手なことはほかの人に補ってもらうというメリットがあるんです。
── なるほど、それは効率的ですね。

次にブランドイメージを統一したいという点があります。
たとえばアバターを4体作るとして、4人が個別に1体ずつ担当して作るよりも、4人で1体ずつ作っていったほうが、世界観を合わせやすいです。


あとは、客観性を確保できることですね。
技術のある人でも、自分のデッサンや造形の歪みにはなかなか気づけない場合があります。同じレベルのほかのクリエイターから、要は仲間から指摘されて気が付くことが多いので、結果的にその人の持っているポテンシャルを最大限に発揮できます。
── 都度チームのメンバーが違う理由もお聞きできますか

得意分野の違いからです。
企画ごとに作りたいアバターのイメージが明確にあるので、まずはビジュアルを担うクリエイターを中心にお声がけしていきます。
ただ、チームで制作する理由として挙げたようにアバター制作の工程は複雑です。ビジュアルを担うクリエイター自身にも得意・不得意分野がありますし、そもそものアバターの個性に合わせて、動きやその他の部分の表現したい方向性が変わります。そのため、アバターごとに相性の良いメンバーで専用のチームを組成するというやり方をとっています。
クリエイターをどうアサインしていくか
── コアとなるクリエイターから始まって、相性のいいクリエイターをアサインしていくとのことですが、その「相性」というのはいわゆる技術的なところでしょうか? それとも人柄も含めてでしょうか。

両方見ます。
技術的なところだと、得意分野は本当に人それぞれで、例えばイラストレーターさんでも一枚絵は得意だけど表情は苦手だったり、モデラーさんであってもモデリング造形はできてもノーマルマップは作れなかったり。そういう差ってかなりあるんです。
── YOYOGI MORIでアバターを制作する時にはアサインはどう決まっていくのでしょうか

YOYOGI MORIの場合はメインモデラーがビジュアルを牽引する中心です。
メインモデラーのイメージを実現するために、メンバーを選んでいきます。例えば、メインモデラーがノーマルマップはこういう風にしたい、サブスタンスを使えたほうがいいと明確な要望があるなら、「モデラーさんで、サブスタンスが使えて、絵の描ける方と言えばあの人しかいない」というように絞り込みます。
ほかの方も同様に「こういう理由であなたでお願いします」という形でひとりひとりお声がけしています。
── この人同士は合うだろうという相性はどうやって判断されるんでしょうか

まずはキャラクターの扱い方などから感じられる創作の方向性です。その次にコミュニケーションがちゃんとできるかだったりとか、性格が合うかみたいなところから、メンバーとの親和性に気を付けています。
── お声がけするをするにあたって、まず多くのクリエイターを知っていないと候補自体が出てこないと思いますが、たくさんご存知なのはどうしてなんでしょうか?

私自身がモデラーでイラストレーターでもあるので、クリエイター同士の横のつながりがあります。
それに、私はもともと多くのクリエイターさんの作品を見て、どういう才能が輝いているかを知るのが好きなんです。合いそうだと思った人は常にチェックをしていて、必要な時に探しているわけではないんです。
── 常日頃からの興味が大切なんですね

── 息の長い関係の構築が重要になってきますね

ただ、アプローチすることを決めたら行動は速いです。


例えば、「霞花」というYOYOGI MORIから出しているアバターのデザイナーのYUEさんは、もともとはアナログのファインアートを主に描かれているアーティストです。
本来3Dモデルとして作られるような絵を描いている方ではないんですが、私が一目惚れをしたというのもありまして、YOYOGI MORIのメンバー内で話題に上がった時にちょうど銀座で企画展を開かれていたので、すぐに挨拶に向かいました。
── いざお仕事をお願いするときには、どういうことを意識されていますか?

まずYOYOGI MORIの活動の概要を丁寧に説明します。メールでの連絡でも、会って直接お話する場合でも、そこは共通しています。
YOYOGI MORIがやりたい方向性、作品づくりのスタンス、そこになぜあなたが必要かみたいなところも含めて全部を丁寧に、一気にお伝えしてしまいます。
かなり重い説明になりますが、ありがたいことにお声がけした方はほとんどいい返事をいただいています。
あとはYOYOGI MORI自体はサークルとして活動していますが、お願いするクリエイターさん側にとってはお仕事と捉える方も多いですので、スケジュール、見積もりといったものを含めた企画書を送っています。
そうすると、クリエイターさん側も単なる立ち話的に終わらずに、「それだったら何月から稼働できます」と具体的な話にすぐに入ることができます。
組むクリエイターに求めるもの
── 事前にお願いすることを明確にお伝えするというお話がありましたが、参加してくださるクリエイターさんに求めるものはありますか?

そもそも、才能があり、素晴らしい作品を作られている方とご一緒していただけるだけで非常にありがたいので、才能を最大限に発揮して欲しいという気持ち以上に求めるものはありません。
その上であえて回答するなら、「設定されたテーマと自分の持ち味を紐づけて、新しい答えを出していただく」ということですね。これができる方は本当に頼もしいです。
また、スケジュールや約束を守る、コミュニケーションが取りやすいといったところは地味に関係の継続に影響しますので、お願いする側としても気を付けています。
コミュニケーション能力とパフォーマンスの両方が優れている人とは、また一緒にアバターをつくりたい、という関係が長く続いていくようなイメージがあります。
チームの運営の仕方
── チーム運営について、 実例をあげて説明いただいてもいいですか?

YOYOGI MORIの「茉弥」というアバターの子で例えていきます。この子は、どこでも友達とキャンプができる女の子を作りたいというアイデアをYOYOGI MORI内で企画しました。


その後、茉弥のメインモデラーをYY_3dcgさん(以下YYと表記)にお願いし、私とYYさんで、どんな絵描きさんが好きですか、どういうものづくりをしたいですかといった話をしました。
そこから、作りたいキャラクターのイメージを作っていきました。
その流れの中で水谷恵さん(「ポケットモンスター」のメインキャラクターのデザインなどで活躍されている)が最高だねって話になったので、水谷恵さんに依頼をし、私とYYさんと水谷さんでキャラクターを作ることとなりました。
── キャラクター作りに関してどこまで介入しますか?




並行して、キャンプに関するギミックも出したいので、具体的にVRChatでどういう風に出せるんだろう、遊べるんだろうみたいなことを考え、アニメーションに強い方に制作を依頼します。
テクスチャだったりセットアップだったり、シェーダー調整などの仕上げに関してはほかのメンバーも加わり仕上げます。
── 典樹さんはどう関わっていきますか



── かなり丁寧にフィードバックをするんですね

それぞれの得意分野にあたるパートをお任せしつつ、丁寧にフィードバックしてすり合わせることで、よりこだわったものづくりができると思っています。
チームのパフォーマンスを上げるコツ
── チームとしてパフォーマンスを上げるために意識的にやっていることはありますか

チームの中において、クリエイターさんたちがひとりひとりパフォーマンスを上げるための工夫ということでお答えするならば、具体的な作業に関するやりとり以外でも、結構な頻度で個別のコミュニケーションをしています。
どうしても嫌なことがあったり、気持ちが揺らいだりすることってあると思います。あれ、なんで自分はここにいるんだろうみたいな。それを自分で修正できる人もいれば、そうでない人もいる。
なので、まめに面談してコミュニケーションをとり、調整していますね。
── 個別のコミュニケーションでは何を話すのでしょうか

「あなたが必要だからここにいてほしいです」だけでは、その人との関係は成立しないと思っています。YOYOGI MORIに関わることで「学び」や「刺激になる」、「新しいことができる」などのメリットを提示したいし、それがクリエイターさんの望みにあっていなければいけません。
だからクリエイターさんのキャリアの方向性と、YOYOGI MORI全体の方向性についてよく話しますね。とくにキャリアについてはかなり細かく聞きます。
── クリエイターさんへの理解も進みそうですね

そうですね。そういういろんな動機があるなかで、例えば、学びたい人と、教えたい人をチームとして組成すると、マッチングがうまくいくと思います。
── 個別コミュニケーション以外にも重要なことはあるでしょうか

いつでも誰もが仕事に対しての意見や提案ができるような空気作りをしています。
YOYOGI MORIは、メンバー全員がクオリティの鬼なんです。本当に良いものを作りたいと考えているので、皆が互いの仕事にも関心を持っています。
例えば、3Dモデル制作はテクスチャがモデリングにかなり関わってきたりするので、自分の仕事のパートのクオリティを上げるために、ほかの方のパートの仕事にも意見を言えることは重要です。

チームならではの難しさ
── 逆に、チームとして制作を続ける難しさはどういうところにあると思っていますか?

YOYOGI MORIには主婦の方もいれば、会社勤めの方もいますし、日本だけでなく海外に住んでいる方もいます。
そういう色んなステータスの方が気持ちよく仕事するには工夫が必要です。チームをつくることよりも続けることのほうがずっと大変ですね。
── 工夫とは?

具体的には、スケジュールや会議の設定であったりとか、新しく入る人に毎回同じ説明をしなくてもいいようにドキュメント化したりとかですね。フォルダ構成やファイル名のつけ方、おすすめのマイクの情報や、YOYOGI MORIでのクオリティという言葉の定義なんかも用意しています。
サークル活動ではありますが、一般の企業とも共通しているところがあると思います。
── チームとして制作するには色々な工夫が必要なんですね。

YOYOGI MORIに関わってくれる人は、誰かのために自己犠牲で参加しているわけではなく、自分のやりたいことや成し遂げたいことのために関わっています。その自分のやりたいことをするために動くことが、結果として、関わっている他のメンバーの自己実現にも繋がっている。こういう相反する2つの要素を両立するために、色々な仕組みづくりを考えています。
利害を一致させて、かつ方向性を統一させていく、適切なディレクションができる関係作りができていくと、よりうまく回っていくんじゃないかな、と考えて日々挑戦と改善をしている途上です。
チームづくりでぶつかった課題
── チームを運営していると課題にぶつかることもあると思いますが、どう解消していったらいいでしょうか

何の工夫やコミュニケーションもなく、ずっと仲良くできる関係はないと思っています。
途中で絶対にちょっと道がずれたり、意見が食い違うことは発生します。原因はスケジュール、時間、どれだけ頑張りたいか、距離感、お金、いろいろです。だから都度軌道修正して、たゆまずコミュニケーションをとり続けるという、地道なことなのではないかと考えています。
── 典樹さんもそういった失敗をされてきたんでしょうか

もちろんです。YOYOGI MORI結成前の経験ですが、双方抱いていた期待と相手側が違ったとき、しかもそれが開示していなかった期待の場合に、裏切られた気持ちが生まれてしまうことがあります。
それを早く察知して関係を改善することが大事なんですが、うまくいかないことも当然ありました。
── そんな風にすれ違ってしまったとき、どうするんでしょうか

粘り強く関係を維持しようと試みることを心がけています。だから本当にパチンと縁がなくなるケースは最近はあまりなくなってきたように感じます。
それに、一度離れても時期があえばまた戻ってきてくれることもあるので、完全には縁を切らないよう心がけています。
チームで成果物を作り切るコツ
── サークルで何かを作るとなると、会社と違って強制力がないので途中で解散して成果物が最後まで作れないというケースも多いと思います。そんな中でYOYOGI MORIはいくつものプロジェクトをチームで着地させてきています。成果物を最後まで作り切るために必要な要素とは何だと思われますか?

これまでお伝えしてきた通り、チームメンバーひとりひとりの心がまえ、互いのコミュニケーションの向き合い方、相性を考えたチーム編成、それらを支える環境づくりなどがポイントだと考えています。
さらに、というのであれば、お金と契約部分は課題につながりやすい部分ではあると考えます。
── まずお金について聞かせてください

サークル活動であっても、そこには収益が発生します。「このアバターの売上が立ったら、あなたには何割の取り分がありますよ」とか「この作業あたりいくらお金が発生します」みたいな、稼働に関わる話は事前にしますし、その約束はしっかり守ります。
── 契約についても聞かせてください

── 契約と聞くと身構えてしまう人もいませんか

契約書を結ぶことは、信頼がないということではないです。誰だって問題は起きます。しかも、その問題が起きるのは数年後だったりするんです。そうなったとき、もう問題が起きているからいまさら契約は結べません。
だから、関係の始まりや節目に契約を結ぶというのがすごく大事なんです。
新たなYOYOGI MORIの展開

YOYOGI MORIはこの度、新たな服飾専門のBOOTHショップをオープンします。
ショップ名はUTSUTSU by YOYOGI MORIです。


このショップは、よりTPOに合わせてアバター服を着替える楽しみを増やしたいという気持ちから新しく始める取り組みです。
テーマが既存のYOYOGI MORIとは異なるため、別に用意することにしました。
── どんなテーマなんでしょうか

日常的に着たいと思えるような服を展開していきたいと考えています。
そのままリアルの服として縫製してつくってもコスプレに見えない、ファッション誌に掲載されているようなイメージです。
YOYOGI MORIのこれまでのバーチャルウェアでは、アバターと服の組み合わせの最高点を目指していました。それはこれからも変わりませんが、UTSUTSUでは、「TPOに合わせて着替える」という「行動」により主眼を置いています。
Blenderでの改変を気軽にはできない方もいると感じていて、よりライトに着替えてもらえるようにしたいという気持ちもあります。
── この新しいショップを作るにあたって、これまでと変えたこと、新しくチャレンジしたことなどはありますか?

このUTSUTSUという企画自体がYOYOGI MORIメンバー内から生まれたものだということですね。これまでは私中心であったものに対して、方向性や舵取りをメンバーに大きく任せる形で進めています。
── チームをこれまで運営してきて、今度はチームから企画が生まれて、新たなチームでものを作っていって、とつながっているんですね
これからものづくりをするクリエイターに向けて
── あらためて、これからものづくりをするクリエイターへのメッセージをいただけますか

チームを作ることのメリットは、自らの短所を仲間に補ってもらうことで、長所のみを発揮して社会と向き合えることだと思っています。
そうすることで、ひとりだけで動こうとすると時間のかかることも、仲間とメリットを共有して一緒に取り組むことで自分の目標にも何倍も早く近づける。
チームとか仲間とか大仰に構えなくても、誰かと緩いつながりを持てていれば、ふとした時に孤独にならずに進めるみたいなところもあると思います。そういう意味では、チームという体でなくても、誰か隣にいるとか、理由がなくても連絡できる人がいるというだけでもいいかもしれません。
とにかく勇気を持って、自分の進みたい方向に歩んでもらえたらと思います。
