「日本のマンガのほうが優れている」では絶対に失敗する。『神血の救世主』原作の江藤俊司がWEBTOON挑戦で気をつけたこと
インタビュー/ナカニシキュウ
累計2000万views超え、LINEマンガの総合ランキングで1位を獲得するなど、快進撃を続けるWEBTOON作品『神血の救世主~0.00000001%を引き当て最強へ~』。イジメられっ子の主人公・有明透晴(ありあけ すばる)が血液を自在に操るスキルを手に入れ、異界の危機に怯える世界を救う救世主へと成長していきます。
作品の原作とネームを担当する江藤俊司先生は、ジャンプ+にて『終極エンゲージ』を連載するなど、もともとは横読みマンガの原作で活躍していました。
縦スクロールで読み進めるWEBTOONは、ヨコ読みのマンガとは似て非なるもの。江藤先生はWEBTOONに挑戦するにあたって、まずは”WEBTOONの文法”を遵守することを心がけたといいます。その文法とは? 江藤先生にお話を伺いました。

- 江藤俊司(えとう しゅんじ)
マンガ原作者。LINEマンガで連載中の『神血の救世主 ~0.00000001%を引き当て最強へ~』の原作・ネームを手がける。その他の作品に、少年ジャンプ+『終極エンゲージ』、ebookjapan『鉄輪のカゲ・ルイ』などがある。
単にヨコがタテになっているだけじゃない
── 江藤先生がWEBTOONを手がけることになったきっかけはどういうものだったんですか?
江藤:もともとは株式会社ナンバーナインの社長の小林琢磨さんから「自分のところでもWEBTOONを始めるので、スタジオの立ち上げと新連載をやってほしい」というお話をいただいて、面白そうだなと思ったのがきっかけです。それまでWEBTOONを読んだことはなかったんですけど、小林さんに薦められた『俺だけレベルアップな件』を読み始めたら……そのとき全120話くらいあったと思うんですけど、気絶するまで読み続けちゃって(笑)。
── (笑)。
江藤:ページをめくるのかスワイプするのかという違いによって、読書体験がまるで違うものになるんだなと。単にヨコがタテになっているだけじゃないんだということがわかって、「これはやってみたいな」とすごく思ったんですよね。
── 実際にWEBTOON作品を手がけるにあたって、ヨコ読みのマンガを描くときと一番違ったのはどういうところでしょう?
江藤:ヨコのマンガだけをずっと描いてきた人間なので、やっぱり一番初めに描いたネームはかなりヨコのマンガっぽいものだったんです。「今までに培った筋肉を使って何ができるのか」みたいな……でも、WEBTOONに知見のある方からすると、それがまず違うんだと。間の取り方や余白の使い方みたいなところにWEBTOON特有の感覚があるんですけど、それはヨコだけやってきた人間にはまったくないものだったので、自分の中に落とし込むのにものすごく時間がかかってしまいました。最初はかなり苦労した記憶があります。
── 間の取り方が一番違う?
江藤:そうですね、たぶんスワイプが一番でかいかなと思っていて。読者が自分で能動的にテンポを作っていくじゃないですか。ヨコのマンガでは見開き単位で考えていて、ページめくりを基準にテンポをコントロールするんですけど、WEBTOONでは余白でタメを作るというか。スワイプによる動きを計算に入れないとテンポが作れないんですよね。

スワイプを生かした縦長のアクションシーン
WEBTOONは“同じ競技のレース”として始まる
── キャラ作りにおいても、ヨコのマンガとWEBTOONで意識の違いはありますか?
江藤:これはあくまで市場傾向の話ですけど、「主人公のタイプにはさほど幅がないのかな」というのは最初から感じていたところです。それは例えば、なろう小説とかもそうですよね。ある種の定型のようなところから入って、そこから各作品独自の方向にどんどん動いていく。同じ競技のレースとして始まるんですけど、途中から少しずつプレースタイルが変わっていって独自性が出てくる、みたいな傾向はあるなと思っていて……あと、主人公以外のキャラクターがものすごくうしろのほうにいるイメージです。
── うしろのほう?
江藤:人気のサブキャラクターみたいなのがそんなに出てこないというか。例えば『進撃の巨人』でいうところのリヴァイや『呪術廻戦』の五条悟のような、“主人公じゃないけどめちゃくちゃ人気”みたいなのがWEBTOONにはあまりいない気がします。基本的には主人公にずっとフォーカスして追っていくという……それは、媒体の形が違うからというのが大きいでしょうね。WEBTOONは一人称視点にすごく適したフォーマットだから。
── ただ、そういう中で『神血の救世主~0.00000001%を引き当て最強へ』には敷島諒(しきしま りょう)や比良坂蓮爾(ひらさか れんじ)といった魅力的なサブキャラクターが多数登場しますよね。江藤先生の中に「このフォーマットでもそういうキャラ作りをやってやろう」という思いがあったわけですか?
江藤:実は、最初からそれをやろうと決めていたわけではないんです。WEBTOONはヨコ読みのマンガと違って、最初にリリースする時点で話数をものすごく溜めるんですね『神血』の場合だとプロローグを含めて16話かな、まず一気に出したと思うんですけど、「その間はずっと主人公にフォーカスし続けるぞ」という方針を定めていたんです。で、途中から枝分かれしていくところで、例えば主人公をより深掘りしていく方向性とかも選択肢としてはあった中で、読者の方にいろんなキャラクターを好きになってもらう方向に舵を切った感じでしたね。

物語が進行するにつれて、主人公・透晴と関わる黄金級プレイヤーたちの活躍も描き込まれていく
── 何をするにしても、まずは主人公中心で進める形で地盤固めをしてからの話だと。
江藤:ほかの国産WEBTOON作品を当時いろいろ見たときに、ヨコ読みマンガの文法で作ろうとしていたり、間の研究が甘かったりとかで損してるなと感じるものが多かったんですよ。なので「日本のマンガの面白さみたいなものを最初からぶつけるのはやめよう」と。「競技のルールからまず教えてください」という姿勢でいこうと思ったんです。
── まずそのフィールドでの戦い方がわからないことには、自分が持っている武器の使いどころもわからないですもんね。
江藤:それに、読者の方との信頼関係ができてからでないと、なかなか自分の話は聞いてもらえないですから。まずは「こいつは話が通じる相手だ」と思ってもらわないといけない。そのうえで「そろそろこっちの話もちょっと聞いてもらっていいすか?」みたいな感じでキャラクターを増やしていく、というやり方をしていますね。
── 実際、『神血』の悪役キャラクターは極端なまでに悪意しかない人物だったりしますけど、これって日本のマンガにはあまり見られない傾向ですよね。かなり意識的にそうしている?
江藤:そうですね。WEBTOONをやるにあたって、「日本のマンガのほうが優れている」みたいな気持ちで入っていったら絶対に失敗するという確信があったんですよ。市場傾向を無視して最初から自分のプレーだけをするというのは、あまりにもリスペクトが足りていない行為ですから。
── 日本のプロ野球でプレーする外国人選手も似たようなことを言いますよね。「本場アメリカのベースボールを見せつける!」みたいな気持ちがある選手は、だいたいうまくいかない、と。
江藤:そうそう(笑)。だから最初はとくに「僕たちを仲間に入れてほしいっす!」という意識が大切かなと思って。
予測できる結果をいかに満足いく形で提供できるか
── 具体的に、キャラクターメイキングにおいてWEBTOONの土壌に合わせたポイントは?

── そのいじめ描写は、描いていてどうでした? 「こんなにやって大丈夫なのか」と心配になりましたか?
江藤:「大丈夫か?」とは思いましたね。あと「WEBTOONのマーケットには即していたとしても、日本の読者さんが読んだときになじむタイプの描写じゃないな」という感覚もあったので、できるだけ透晴に感情移入してもらえるような工夫は施しました。例えば「おじいちゃんになるまでこのまま這い上がれないのか?」みたいな、絶望的な未来を想像するコマを入れてみたりとか。

── なるほど。まさに今おっしゃったように、WEBTOONの文法に寄せると日本のマンガ読者の感覚から乖離してしまう場面というのはけっこうありそうですが、そこは逐一細かい調整をしながら落としどころを探っていくわけですか?
江藤:そうですね。でも、まずはWEBTOON特有のよさを出すことを意識していまして。最初に僕らがWEBTOON研究を始めた頃によく言われていたのが、「WEBTOONは先の展開を予測できるからいいんだ」ということなんですよね。予測できる結果を、いかにきちんと満足いく形で読者に提供できるか。そういう方向でのプロフェッショナルを求められる分野なんですよ。
── 確かに、「この展開だとたぶん最終的にこうなるだろうから、早くそれを見せてくれ!」という衝動で課金する文化ですもんね。
── それって、江藤先生の本来やりたいことと合致させられるんですか?
バトル能力はキャラクターの性格に直結させる
── バトルプレイヤーとしてのキャラ作りについても聞かせてください。『神血』は「このキャラクターにはこういう能力があって」みたいな、カードバトルっぽい要素も盛り込まれていますよね。
江藤:最初はそんなつもりはなかったんですけど(笑)。序盤のほうの、透晴が血を操るスキルで戦い始めるあたりを描いていたときに、担当編集の遠藤くんが「これ、能力バトルっすね」みたいなことを言い出して、「確かにそうだね」って。そこからかなり能力バトルっぽいロジックで戦うお話になっていった感じです。
── どのキャラクターにどの能力を付与するかについては、どんなふうに考えているのでしょうか。
江藤:例えば透晴に関しては、最初の弟とのバトルを描いているときから「こいつは頭を使って応用力で立ち回るタイプだな」と思っていたので、応用範囲の広い操血スキルはそれに適した能力だなと。比良坂だったら、イケメンで強いけどほかのことが何もできない人物なので、剣とかで猪突猛進的な戦い方をしたほうがキャラクターに合っているな、とか。敷島の場合は、周りをきちんと見て最適な遠距離攻撃をしたりとか……そういう感じで、キャラクターの性格に直結するように能力を作っているところはありますね。

透晴は血液を操るスキルを多彩に応用して敵に立ち向かう
── 能力と性格でいうと、どちらが先ですか?
江藤:だいたいキャラクター先行ですけど、性格を決めたときに「こいつはこういう能力だろう」が一緒に出てくることが多いですね。大我とかも、最初は殴ることしかできなかったんですけど、闇堕ちして人格が変わってからは搦め手も使ってくるようになったりとか、キャラクターに付随してスキルも変わっていきます。
── 能力と性格を関連づけることで、説得力を持たせている?
江藤:そうです。例えば透晴って、WEBTOONの主人公にしては毎回ギリギリまで苦戦しますよね。透晴はキャラクター的に“工夫して戦う”ところが特徴だから、どうしても苦戦してもらわないといけないんですよ(笑)。なんの工夫もなく力押しで勝てちゃうと、透晴のよさが出ない。だから「とても勝てそうにない感じに思えて、最終的にはギリギリどうにか勝てる」っていう難易度設定が毎回なかなか難しいです(笑)。
── おっしゃる通り、透晴がやけに苦戦するなあというのは個人的にも感じていたことで。先ほど出たWEBTOONの土壌みたいな話で言うと、主人公が圧倒的な力量で無双する展開が求められがちな世界ではあるじゃないですか。
江藤:そうですね、それはすごくわかります。
── そこで主人公が苦戦する展開を描いて読者に苦痛を感じさせないのって、ものすごく難しいことなんじゃないかと思うんですけども……。
江藤:それで言うと、敵のキャラクターがすごく大事になってきますね。敵のキャラクターがいいと、それだけで話がものすごく面白くなる。少年マンガの世界でもよく言われることですけど、「人型の敵と戦うほうがいい」「意思の疎通が取れない相手と戦ってもあまり面白くならない」っていう。
── なるほど……!
江藤:それが一番うまくできたなと思っているのが、30話前後の風神雷神と戦うシーンです。透晴自身はとにかく苦戦するんで、読者的にはなかなかカタルシスを得られない展開ではあったんですけど、敵キャラクターの魅力をうまく出せたこともあってランキング的にもかなり評判がよかったんですよ。僕自身も描いていて楽しかったですし、それを読者さんにも楽しんでいただけたので、満足度の高いエピソードになりましたね。

びっくりさせるためだけのギャップはNG
── 敵キャラクターを魅力的に描くコツは何かありますか?

仲間から「完璧超人ぽいが、強さ以外はなにひとつ取り柄がない」と評される比良坂
── なるほど! それはめちゃくちゃ腑に落ちます。
── 「強敵」と書いて「とも」と読む文脈というか。
江藤:はいはい(笑)。周りから恐れられている先輩が自分にだけ優しい、とかもありますよね。会社とかでもそういう構図はあり得ると思うんですけど、そのヤンキーマンガっぽいキャラクター構成はけっこう意識してますね。
── 例えばアマチュア作家さんの場合、「絵としては描き分けられるけど人格を描き分けるのが苦手」という悩みがけっこう“あるある”じゃないかと思うんです。そういう人たちへのアドバイスとして、キャラ作りの秘訣を何か教えていただくことはできますか?
── そのキャラクターと自分が対峙する場面をしっかり想像して、いいところを見つけてあげる気持ちが大事?
江藤:だと思うんですね。好意の表し方は人によって違うはずなので、それをきちんと魅力的な形で描くことができればいいのかなと。

ぶっきらぼうなところもあるが頭脳明晰な敷島は、プレイヤー死亡率を下げるための仕組みを生み出す
── その想像力を養うためには、普段から人をよく見ていないといけないですよね。
江藤:人間って、いいところもあれば悪いところも絶対にあるじゃないですか。でも、長所と短所って表裏一体なんですよ。例えば「優しい」という長所は「優柔不断」という短所にもなり得る。長所と短所は同じなので、長所を言い換えて短所にしてみるとか、その逆とかを考えてみると、その人の強みと弱点が同時にわかるわけです。僕自身、べつに普段から意識してそういうトレーニングをしているわけではないですけど、考え方としては習慣化されているような気もしますね。
お客さんの食べたい料理は絶対的にある
── 『神血』の連載を続けてきたことで、WEBTOONに対する見方が変わった部分などはありますか?
江藤:今は『神血』をかなり日本の少年マンガっぽい文脈で進めているんですが、「それで読者の方がついてきてくれるんだ」というのが発見としては大きかったです。先ほど「先の展開が予想できるほうがいい」「安心して読める展開が喜ばれる」という話をしましたけど、必ずしもそれだけじゃないということがわかってきた。だからこそ無限に工夫のしがいがあるし、これからはどんどん日本の作家さんたちが強みを出していけるようになるんじゃないかな。
── 当初の想定以上にフォーマットとしての強度が高くて、何を入れても大丈夫と思えるようになった?
江藤:それでも、最初は外さないほうがいいんですけど(笑)。やっぱり、お客さんの食べたい料理みたいなものは絶対的にあるんですよ。それを無視して自分の作りたい料理を作っても、到底受け入れてもらえない。それは「少女マンガ誌にゴリゴリのバトルマンガを持ち込んでどうする」みたいな話と一緒だと思うんですよね。
── それがやりたいんだったら、きちんと少女マンガの文法に則ったうえでバトルマンガの面白さを紛れ込ませる技術が必要だと。
江藤:例えば『美少女戦士セーラームーン』とか『魔法騎士レイアース』とかは、まさにそういうものですよね。ちゃんと女性の読者が読んで楽しいものを提供できたからこそ、すごいヒット作になったわけで。
── 『なかよし』で『ONE PIECE』をそのまま描いてもダメだと。
江藤:そうですね(笑)。「『なかよし』で読まれる『ONE PIECE』とはどういうものだろう?」をきちんと考えて作るべきなんですよ。
── WEBTOONの今後については、どんなふうに考えていますか?
江藤:さっきも言った通り、まだまだ表現の幅が広がる余地は全然あるなと思っていて。手つかずのところがいっぱい残っていると思うので、そこをどんどん掘っていきたいです。
── 例えば?
江藤:例えば三人称の表現だったり、群衆による乱戦シーンだったり、群像劇みたいなものだったり……群像劇に関しては、女性向けマンガの作家さんのほうが早く解決策を編み出しそうな気がしますね。あとはスポーツで大ヒット作を出すのも大変そうだなと思ってます。そういう、WEBTOONが媒体として苦手にしている表現をどうやったらうまく、面白く見せられるのか。何か違うやり方があるんじゃないかというのはすごく感じるので……。
── まだ誰もやっていないというだけで、何かしらコロンブスの卵的なブレイクスルーの道があるはずだと?
江藤:はい、必ずあると思います。
『神血の救世主~0.00000001%を引き当て最強へ~』はLINEマンガにて連載中!
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作品紹介
異界からの脅威に対抗する超人的存在・プレイヤー。イジメられっ子の主人公・有明透晴は、既存の金・銀・銅のどれでもない、“虹”ランクのプレイヤーに選ばれる。血液を自在に操るスキルを手に入れ、生活も立場も一変。戦い続ける日々の中、徐々に世界を救う存在・“救世主”としての頭角をあらわしていく。気鋭の制作チーム『Studio No.9』が放つ、現代バトルファンタジー!
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