「着々と作品をつくる人が評価される」イラストレーターlackが創作と向き合い続けた10年、変わったことと変わらないこと
インタビュー/阿部裕華
イラストレーターlackさんの個展「喫茶 珈琲紳士」が、東京・表参道にある「pixiv WAEN GALLERY」にて2023年7月26日(水)まで開催中です。フリーのイラストレーターとして活動して10年以上。意外なことに、lackさんにとって初の個展です。商業イラストを中心に、約120点のイラストを展示します。
イラストレーターの在り方が時代と共に大きく移り変わる中、ハイペースで活動し続けてきたlackさん。そんな中で変化したこととは。そして、初の個展開催に至った経緯をお聞きしました。

ゲーム業界を目指したキッカケは『ゼルダの伝説』
── 教師で画家だったおじいさまに影響されて幼いころから絵を描いていたとのことですが、おじいさまから絵の指導を受けることはありましたか?

絵を好きになったキッカケがおじいちゃんだったというだけで、指導を受けたことは1度もないです。おじいちゃんの家に行くと描いた絵が置いてあって、それを見て「自分も絵を描きたいな」と。おじいちゃんはパステルで絵を描いていましたけど、僕はアクリル絵の具で描いていました。
── 趣味で描いていたところから、本格的に学び始めたのはいつ頃ですか?

高校2年生くらいから絵の先生に基礎を教えてもらって勉強し始めました。
── その頃からイラストレーターを目指していたのでしょうか。

2008年の投稿作。当時は自作のゲームに関連したイラストの投稿も多い。
── ゲームが好きでゲーム会社を目指されたとのことですが、lackさんのゲーム遍歴について教えていただけますか?

最初に自分で買ったゲームは、スーパーファミコンの『スーパードンキーコング2』でした。そこから基本的には任天堂のアクションゲームをやっていました。初めて買ったPS系は、プレイステーション2。たしか『ファイナルファンタジーX』をプレイしたと思います。これが初めて自分で買ってプレイした正統派RPGだったかもしれません。
── 「このゲームに出会ってゲーム業界を目指した」というタイトルはありますか?

遊びで『ONE PIECE』を1冊丸ごと模写
── ゲームに限らず、影響を受けた作品やクリエイターはいますか?

2010年投稿のオリジナル作品。当時は『ONE PIECE』のファンアートも多数投稿されている。
── 『ONE PIECE』から影響を受けているのは意外でした。

たしか、中学時代にアラバスタ編の21巻あたりを半年くらいかけて1冊丸々模写したことがあって(笑)。真面目に描くというよりは友達とふざけて話しながら模写していたのですが、それで集合絵を描く楽しさを知りましたし、背景の描き方や人物のデフォルメ感はかなり影響を受けました。
尾田さんの絵ってカッコいいし、かわいいし、賑やかで楽しいし……一つの印象にとらわれない幅広さがあるんですよね。すごくいろいろな経験をしてきたことが伝わってくる。そんな人の絵を模写するとデフォルメ技術が身につくので、めちゃめちゃタメになりました。
── 過去に「ライティングを学ぶには、映画を見るのがおすすめ」と紹介されていましたが、影響を受けた映画や監督もぜひ教えてください。

ライティングの勉強をするなら、お金がかかっているサスペンスやSFを見るのがおすすめですね。少し暗い画面の作品は、極端なライティングとカット割りで印象的な場面をつくることがよくあるので参考になります。「スター・ウォーズ」シリーズや、『セブン』『ダークナイト』『インターステラー』は、お金がかかっている分、ライティングに力を入れていると感じます。クリストファー・ノーラン監督は、ほかの映画にはない独自の画面づくりが天才的なので超いいです。あと、クエンティン・タランティーノ監督も影響を受けているクリエイターの1人です。
打ち合わせ時には自分なりのアイデアを出す
── lackさんはゲーム会社退職後、フリーランスのイラストレーターとして様々な企業やタイトルから仕事を請け負っているかと思います。案件の打ち合わせで意識していることはありますか?

クライアントの要望をすべて聞いた上で質問をするのはもちろんですが、クライアントの提案で出てこなかったアイデアをできるだけ考えて出すようにしています。発注する側はジャンルやイメージにとらわれていることが多いので、あえて何にもとらわれていないアイデアを出す。それが実際に「いいですね」と取り入れられることもありました。
例えば、自分はレベルファイブというゲーム会社で働いていた経験があるので、ゲーム関連の案件で絵の依頼しかされていないのに「ゲームシステム、こっちの方が面白いんじゃないですか?」と提案したこともあります。「そんな提案されると思わなかった」と言われることも多いです(笑)。
── イラストレーターさんから柔軟なアイデアが出るのは嬉しいですね。

ほかに打ち合わせで意識しているのは、打ち合わせをしながらラフを描いて画面共有で「こんな感じですか?」と見せるようにしています。
── lackさん、かなり筆が早いイメージがあります。

TCGやアプリゲームのイラストも数多く担当している
背景の人工物を描く上でBlenderを使用
── そんなlackさんの作業環境や、使用されているソフトを教えてください。

基本的にはずっとデスクトップPC1台に板タブと液タブとモニターを繋げていて、CLIP STUDIOをメインにしつつ、納品前はPhotoshopを使って仕上げています。
加えて、1年くらい前からBlenderも使うようになりました。背景の面倒な人工物のパーツなどを描くために、Blenderである程度の形をつくってから描いていて。絵に使える無料機能がリリースされることもあるので、いろいろ使ってみたいなと思っています。
blenderとフォトバッシュ(複数の写真を組み合わせて1枚のイラストを制作する手法)を用いた作品
── 3DCG系ツールを使いこなすのは大変ではなかったですか?

── 人工物を描くのが苦手な方はBlenderを使ってみるといいかもしれませんね。また、「ストロークごとに色が微妙に変化するブラシ」を使っているそうですが、それはデジタル作画でアナログ感を出すためでしょうか?

その要素が大きいです。自分ですべて制御できる絵だと面白みが生まれにくいから、ある程度のランダム感が欲しいと思っていて。とはいえ、ストロークごとに筆の先端の色が変わる設定だと筆自体の容量が重くなってしまうので、主に清書時に使っています。
BOOTHにてlackさんオリジナルのブラシも販売中
── ランダム感がほしいのには、どのような理由が?

人工物が嫌いだからだと思います(笑)。例えば、ジブリ作品って人が描いているからいくらでもキレイにできるのに、必ず生活感を出すじゃないですか。創作の世界なのにあえて現実味を出す、ある種の自然さが表現された作品が好きなんですよ。なので、すごくカッコよくて美しい車を描くのは苦手と言っても過言ではないです。
── lackさんは様々なイラストを描かれているので、苦手なものがあることに驚きです。

ちょっと前まで幼いキャラを描くのも苦手でしたよ。動物は「かわいい」と思うのに、幼いキャラに対する「かわいい」というのがよく分からなくて(笑)。論理的に考えた結果、「こういう要素を組み合わせると多くの人がかわいいと思う幼いキャラができるな」と分かってきて、最近は克服してきました(笑)。
僕が描きたいのは、『メタルギア』のスネークのようなカッコいい男性、セクシーなお姉さん、カッコいいモンスター。あとは、ヒーローよりヒール系の一癖あるダークなキャラクターを描くのが楽しいですね。
月30枚から月20枚へアウトプットが減った理由とは
── フリーランスで活動してから約10年経っていると思いますが、イラストを描く上でマイナーチェンジしていることはありますか?

1つ目は陰影まで含めてモノクロの状態で描いて、その上に色を乗せていくパターン。いわゆるグリザイユ画法ですね。2つ目は最初からカラーで塗りながら描いていくパターン。最後は、1と2の複合パターン。今は仕事で描き直しがしやすいという理由から、複合パターンで描いています。どんな描き方でも最終的な仕上がりは同じようになるんですけどね。自分の場合、月20枚以上の絵を描いているので同じ描き方をしていると絶対に飽きちゃうんですよ(笑)。

あとは、目の雰囲気を時流に合わせて変えています。その時々によく見るイラストの傾向から、ハイライトの入れ方や色の塗り方など、自分がいいと思う要素を取り入れる感じです。本来はハイライトが一切入っていない目が一番好きなんですけど、仕事でやるのはちょっと難しくて。最近はVtuberの影響で目にハイライトがたくさん入ったイラストを求められることが多いので、オリジナルの絵を描く時だけは好きにしています。
── イラストの描き方だけではなく、請け負う仕事や仕事のやり方で変化を感じることはありますか?

基本的に受ける仕事の方向性は変わっていないのですが、日本国内の仕事より中国のソーシャルゲームや宣伝イラストの依頼がめちゃめちゃ多くなりましたね。
仕事のやり方としては、前までは月30枚描いていたのですが、今は月平均20枚も描かなくなりました。以前は1日16時間絵を描いていたけど、今は10時間くらいしか描けていない気がしています。描くスピードは変わっていないので、描く枚数だけが落ちている感じですね。
── 描く枚数が減ったのには何かキッカケがあったのでしょうか。

結婚して犬と猫を飼い始めたことが大きいと思います。自分一人で生きていれば時間を気にせずずっと絵を描けますけど、自分以外に気を配らないといけない存在が増えたので、そこに時間を割いている感じです。
クリエイターが生きていくためにすべきは「SNSを辞めること」
── この10年の中でイラストレーターの在り方にも変化を感じますか?

── そんな時代を生きていく上で、クリエイターの方たちは何をしたらいいと思いますか?

1日24時間しかないので、まずはSNSを辞めること(笑)。SNSのトレンドに惑わされて一喜一憂している時間があるなら、絵の勉強をして絵を描いた方がいい。映画を見たり、ゲームをしたり、友達と会ったり、周りに流されずに自分の好きなことをした方がいいし、それがアウトプットに繋がっていくはずです。着々と作品をつくっている人が絶対に評価されていくと思います。
特に最近のTwitterはイラストレーターにとって数字に惑わされやすい場所になってきている気がしていて、自分はあまりTwitterを重視しなくなりました。
── 創作物を発表する場として、Twitterを活用する人は多いと思います。今はどこで発表するのがいいと思いますか?

それこそpixivさんじゃないですかね。一番仕事の依頼が来るのは、pixivさんのランキングに載った時です。国内外問わず10通以上はメールが来ていると思います。YouTubeで配信している人も多いですが、それだと一般の方への知名度は上がるものの、絵の分野ではまた違うのかなと感じています。
また、Twitterでは、最近は版権作品よりオリジナル作品を発表すると伸びるような気がしています。なので、目的に合わせてTwitterも活用するといいかもしれません。
── 用途に合わせてSNSと上手く付き合っていくのがいいということですね。ちなみに、lackさんご自身は長く楽しく仕事をするために心がけていることはありますか? 画集には「筋トレ」「散歩」「お風呂」の時間をしっかり取っていると書かれていました。

それ以外だと「寝ること」ですかね。僕は1日7時間くらい寝ていると思います。健康的な生活リズムは長く仕事を続けていく上でめちゃめちゃ大切。僕自身、会社員時代に体を壊したことがキッカケで気を付けるようになりました。今は犬と暮らしていて、朝晩は散歩に連れて行かないといけないし、ご飯の時間も決まっているから、規則正しい生活を送っています。
「コーヒーを片手にイラストを楽しんでほしい」
── ここからは個展「喫茶 珈琲紳士」についてのお話をお聞かせください。今回はlackさん初となる個展とのことですが、開催の経緯は?

前々から個展のお誘いはちょこちょこいただいていたのですが、個展の準備が面倒くさくて(笑)。ただ、結婚もして多少は表に出る仕事もしていかないとという心境の変化があった中、WAEN GALLERYさんに誘っていただいたんです。以前からいろんな作家さんの個展を開催されていますし、その分自分の負担も少なく個展ができそうと思ったので、「お願いします」とお返事しました(笑)。今回を逃すと次にいつやるか分からないという気はしています(笑)。
── そんな貴重な個展のテーマは「喫茶 珈琲紳士」。このテーマにした理由を教えてください。

アイコンにしているキャラクターが「珈琲紳士」をイメージしているくらい、もともとコーヒーが好きなのと、喫茶店の雰囲気が好きなのでこのテーマにしました。来場いただいた方には僕の希望で選んでもらった豆を使ったオリジナルブレンドのコーヒーを無料でお配りするので、コーヒーを片手に楽しくイラストを見ていただけたらと思います。
2017年に刊行されたlackさんの初画集『palette』の表紙でも、喫茶店や珈琲カップ頭のマスターが描かれている
── メインビジュアルも「珈琲紳士」をイメージしているのでしょうか。

黒とオレンジのカラーリングは珈琲紳士から着想を得ています。メインビジュアルのキャラクターは魔女なのですが、それは昔から魔女の概念がめっちゃ好きで大量に魔女を描いてきたからです。そんな魔女と自分のメインキャラクターである珈琲紳士を組み合わせたイメージで描きました。背景は自分が行きたい空間を描いています。
── メインビジュアルにもたくさんの作品が飾られていますが、今回の個展にも120点の作品が展示されます。かなり多くの作品の中から展示する作品を選ばれたと思うのですが、選定基準は?

自分が仕事で描いて「全力が出せた」「見てくれる人が喜んでくれるだろう」と思っている作品をメインに選んでいます。枚数が枚数なので選ぶのは相当しんどかったです(笑)。最近のイラストはもちろん昔のイラストも展示していて、様々なジャンルや描き方、見せ方のイラストを展示しています。それこそ、pixivの投稿履歴をさかのぼっていく感覚で見れるのではないでしょうか。
── 注目してほしいグッズはありますか?

インスタントコーヒーやキャニスター、マグカップなどコーヒーに関連するグッズが販売されるので、喫茶店のオリジナルグッズを買う感覚でぜひ手に取っていただけたら嬉しいなと思います。コーヒーを売っている個展はないと思うので、珍しいグッズではないかと(笑)。もちろんイラストのグッズも大量にあるので、そちらもぜひ。

── 最後に今後の活動の展望をお聞かせください。

7月26日(水)まで開催中! lack個展「喫茶 珈琲紳士」
pixivとツインプラネットが共同運営するギャラリー「pixiv WAEN GALLERY by TWINPLANET × pixiv」にて、 lackさん個展「喫茶 珈琲紳士」が7月26日(水)まで開催中です。
“喫茶”をテーマに描き下ろされた新作イラストや、アイスコーヒーの無料配布など、コーヒー好きのlackさんらしい展示になっています。にじさんじ「魔界ノりりむ」「レイン・パターソン」やFate/Grand Order「岡田以蔵」「セタンタ」の描き下ろしなどを含む豪華120点の、大ボリュームの展示をお楽しみください。
開催期間:2023年7月7日(金)〜7月26日(水)
定休日:なし
入場無料
所在地:東京都渋谷区神宮前5-46-1 TWIN PLANET South BLDG. 1F
営業時間:12:00~19:00
一部グッズはWEB販売も!
BOOTHにて個展販売グッズの一部をご購入いただけます。アクリルキーホルダーやキャニスター、マグカップなど、 lackさんのイラストが堪能できるさまざまな商品を揃えておりますので、ぜひ覗いてみてください。