“やさしさ”を絵とストーリーで大切に表現していきたい──『とつくにの少女』ながべさんインタビュー
インタビュー・文:中村美奈子
編集・撮影:関口敬文
人外と少女のやわらかで切ない心の交流を、モノトーンの幻想的な絵柄で描き出すという、絵本とも漫画ともつかない独特な作風が話題の作品『とつくにの少女』。さまざまな書店で特設コーナーが設けられるほど注目を集めています。今回は、pixivコミックでリバイバル連載中でもある『とつくにの少女』の魅力に迫るべく、作者のながべさんを直撃!
前半は世界観に込められた想いやチャレンジ、キャクラターづくりのポイントをじっくりとインタビュー。後半では「かすれたサインペンがメイン画材」と語る、ながべさんこだわりの画材紹介やスケッチブックに描かれたイラスト、ながべさんが“せんせ”とシーヴァを描く、直筆メイキング動画と、『とつくにの少女』制作の裏側をボリュームたっぷりにお届けします。
“欠けている” からこそ特徴が強く出る人外の魅力
──ながべさんの作品は、『とつくにの少女』のように“人外と人との交流”がテーマになっていますが、人外のキャラクターを描くきっかけはなんだったのでしょうか?
小さい頃からお絵描きは好きで、気に入ったキャラクターの絵を真似して描いたりしていました。描くきっかけとなると、オリジナルのキャラクターを描き出した中学生の頃に、猫や犬の耳がはえた“ケモ耳キャラ”が流行したので、その影響があるような気がします。その頃は単純に「かわいいな」と思って、自分の絵に取り入れていました。
──動物がお好きだったんですね。
もこもこもゴッツイのも、動物全般が好きです。特に見た目が特徴的で、シルエットにしたときにかっこよくて絵になる、鹿など角がある動物が好きですね。形状的に、描いていてめちゃくちゃ楽しいです。
──絵として描く観点から、動物に魅力を感じているんですね。
第一の理由が見た目ですね。第二の理由、これは『とつくにの少女』に一番関係しているかもしれませんが、人より万能ではないというところです。動物は人からすると、言葉を話すことができなかったり、手先が不器用だったりと、なにかちょっと“欠けている”と思うんです。その短所と、逆に動物が人間を陵駕している長所を比較したときに、その動物の特徴や魅力がより強く出るのがいいなと思っています。
──『とつくにの少女』の“せんせ”にも角がありますが、“せんせ”はどんな動物をモチーフにしているんでしょうか?
竜骨に、マーコール(中央アジアの山地に住むヤギの一種)を混ぜたものです。巻き巻きした角を描いていると、楽しいです(笑)。
──人外のキャラクターを描くうえで、影響を受けた作品はありますか?
ひとりやふたりではなく、その時々で多くの作家さんに影響を受けて、自分がいいなと思った要素を頂いています。最近では、『ムーミン・シリーズ』を描いたトーベ・ヤンソンさんや、絵本『ビロードのうさぎ』の絵を描いている酒井駒子さんです。酒井さんの飾らない絵のイメージに、すごく影響を受けていますね。
──たくさんの作家さんの作品に触れるようにしている理由はなんでしょうか?
僕自身のスタンスでもあるのですが、影響元が少ないと元の作家さんの色が強く出てしまい、同じような・どこかで見たような作品になってしまうと思うんです。だからなるべくいろんな人の、いろんな部分から影響を受け、それを自分の中で咀嚼し直して、自分の色として出せるようにしています。
『とつくにの少女』のテーマは“やさしさ”
──ながべさんが、漫画家としてデビューしたきっかけを教えてください。
それこそ、pixivにイラストを投稿していたのがきっかけです。その頃はまだ漫画の投稿ができなくて、イラストという形で『部長はオネエ』(茜新社)の元になった漫画を趣味で投稿していたんです。そうしたら、僕の漫画を見た茜新社さんから「よかったら商業誌で漫画を描いてみませんか」とメールを頂いたのが始まりでした。
──メールを読んだときはどうでしたか?
すぐに「やりたいです!」と。でも『部長はオネエ』を読まれた方はわかると思うんですが、主人公がガチムチのドラゴンで、なおかつオネエという強烈なキャラクターだったので、「商業誌で大丈夫なのか?」というのが、とにかく心配でした(笑)。その旨をメールでお返事したら、「未開拓ということは挑戦だ」という、とてもたくましい言葉とともに「やりましょう」と言って頂いたので、「じゃあお任せします」となって、デビューが決まりました。
──趣味で描くのと、商業誌で描くのでは違いましたか?
今にも通じる難しさなんですが、商業になると他者を巻き込むことになるので、趣味の時のように自分勝手ではいけないということを、非常に痛感しました。さらに絵に関して言うと、趣味の段階では背景を描いたことがなかったので、キャラクター以外の絵がまったくダメだったんです。
──そうなんですか!?
苦労しました……(笑)。デビューしてから、背景を描くためにはどうしたらよいか、資料集めはどのぐらい必要なのか、描けないジャンルをおざなりにしてはいけないなどと強く感じました。今になってようやく、少しは背景が描けるようになってきたと自分では思っています。
──『部長はオネエ』の連載で商業誌の厳しさを味わいつつ、プロとしての技術を磨いたということなんですね。その後『ニヴァウァと斎藤』(双葉社)の連載が始まり、また『とつくにの少女』も連載がスタートしたわけですが、『とつくにの少女』の物語を思いついたきっかけはなんでしたか?
『とつくにの少女』で一番大事にしているテーマは“やさしさ”です。絵柄自体のやさしさから、シーヴァを守りたい“せんせ”のやさしさ、シーヴァ自身のやさしさ、キャラクターの行動に対するやさしさなど、いろいろあるやさしさを、できるだけ自然な形で描ききりたいなと思ったんです。そこで“触れない”という制約をメインにしようと思いつきました。ボディタッチは言葉と同じように一般的なコミュニケーション手段ですが、実際に一番近くにいながら“触れない”という状態に置かれたときに、シーヴァと“せんせ”はどんな風にコミュニケーションを取るのかなと。まずはその制約を作ってからストーリーを考え、第1話と第6話のネタが生まれました。
──具体的にはどんなシーンですか?
第6話でいうと、“せんせ”が内の者からシーヴァを守る行動ですね。“せんせ”はシーヴァを抱えて守ることができません。そこで、内の者を傷つけることで相手を遠ざけ、少女を守ろうとします。“触れない”という制約のもとで、人外だったり人だったりが、お互いにどういう反応や行動をするのかということを、自分で苦労しながら描いてみたいなと思いました。
──なるほど。第一に“触れない”という制約があり、次にキャラクターが生まれたんですね。では、内つ国と外つ国というふたつに分断された世界はどんな風に思いついたのですか?
「なぜ触れられないか」と考えて、「呪われるから」という理由づけにしたからですね。「呪い」がある世界の前提を作って、それが成り立つ世界はどういうものか、どんなキャラクターがどんな心境で住んでいるのかという風に組み立てていきました。その中で、現実世界を連想させるような要素はなるべく排除しようと思ったんです。やっぱり作品のテーマを描ききることが一番大切なので、余計なものは省きたい。そこで出来上がったのが、内つ国と外つ国でした。
──キャラクターとしては人外と人、世界としては内つ国と外つ国、そして絵としては白と黒と、作品全体が“対照的”なふたつの要素で構成されていますが、その狙いはなんでしょうか?
じつはそこまで深く考えていなくて、自分でも対比をわかりやすくしたかったんです。さらに固有名詞を避けたいということもあって、漠然としているけれどもはっきりと違いがわかる単語、「白」「黒」「内」「外」という所でキャラクターを割り振りました。
──キャラクターづくりで苦労したところはありますか?
まったくないです。むしろ楽しかったです。シーヴァと“せんせ”も、真っ白いキャラクターと真っ黒いキャラクターという発想から生まれています。“せんせ”にいたっては、シルエットではっきりと区別がつく不気味なキャラクターというのが原点です。元々『とつくにの少女』は同人誌で描こうと思っていた作品で、Twitterにキャラクターのイラストをアップしていた頃から、まったくキャラクターがぶれていません。
──では物語に関して、連載開始時に見直したり、変えたりしたところはありますか?
スタート=第一印象になるので、先の流れを決めてから、改めて第一話を練っていったという感じです。ネームを3本ぐらいきって、担当編集さんと何回も長い打ち合わせをさせて頂いて……。その時、編集さんに「ながべさん自身が一番大切にしているものはなんですか?」と問われて、ようやく今の第一話につながったという感じですね。それまでは漠然としか考えられていなかったテーマが、自分の中でもはっきりして、そのためにキャラクターをどう表現していくのかという、連載の組み立て方みたいなものがわかった感じです。でも苦労したのは最初だけで、今ではあまり修正もなく「これでいきましょう」とすんなり返事が来るので、かえって「本当に大丈夫かな」と不安になっていたりもします(笑)。
──『とつくにの少女』は10万部を超える話題作となっていますが、ファンの方の反応をどう感じていますか?
ほっとしています。皆さんに見ていただくことで、この作品は僕が夢の中で作っているような幻想じゃないんだと。やっぱり第三者の方からのコメントを読むのは楽しくて、批判的な内容の反応があっても、それすらありがたいと思いますね。一番印象に残っているコメントは「エドワード・ゴーリー(アメリカの絵本作家)だったら、少女は4、5回死んでいる」でした。友だちからのコメントで、「“せんせ”の体幹が強すぎる」もおもしろかったです。矢が何本も刺さっているのに、全然体がぶれないと(笑)。