『ドラクエ』の名セリフに隠された秘密に迫る!『しんでしまうとはなにごとだ!』〜レジェンド本を学ぶ〜

文:いしじまえいわ
「レジェンド本を学ぶ」は、イラスト、アニメ、漫画、映像などの分野のレジェンドクリエイターの著書から作品や表現について学ぶことで、もっと作品を愛し創作を楽しんでいただくための企画です。
今回は堀井雄二さんの著書『ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとはなにごとだ!』(2016年、以下『しんでしまうとはなにごとだ!』)を紹介します。

『ドラゴンクエスト』といえば、日本のロールプレイングゲームの先駆けとなった超ビッグタイトルです。1986年に発売された第1作目から2012年発売の『ドラゴンクエストX オンライン』まで、10作ものシリーズがリリースされています。そして、そのすべてに携わり『ドラゴンクエスト(以下、ドラクエ)』の生みの親ともいえる存在が本書の著者、ゲームデザイナーの堀井雄二さんなのです。
ゲームデザイナーである堀井さんですが、特筆すべきはその言葉遣いのセンス。実はもともと、雑誌編集者やライターとして働いていた経験があり、言葉に対する感性が鍛えられているのです。『ドラクエ』シリーズに携わる前は、『ポートピア連続殺人事件』(1983)や『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(1984)など、推理やストーリーを重視したアドベンチャーゲームでその能力を発揮していました。
そんな堀井さんの言葉のセンスは、『ドラクエ』シリーズでも存分に発揮されています。印象に残るセリフの数々は、多くの人にとって「ドラクエっぽさ」を感じるひとつの要素になっているのではないでしょうか。
今回は、そんな堀井さん自身が選んだ名言集『しんでしまうとはなにごとだ!』から、『ドラクエ』シリーズ第1作目『ドラクエⅠ』のなかでとくに『ドラクエ』っぽさを感じる4つの名言を厳選! 堀井流の言葉のテクニックの解説とともに紹介します。
名言1:「おお ◯◯! しんでしまうとは なにごとだ!」

主人公が戦闘で倒れ、復活した直後に王様からかけられるセリフです。これは、ほかのゲームではなかなか見られないゲームオーバーの表現方法ではないでしょうか。
ドラクエはロールプレイングゲーム、つまり「ロール=役割」を「プレイ=演じる」ゲーム。プレイヤーが主人公になりきり、ゲームの世界に没入することでより楽しさが増すのです。
世界を救う使命をもった主人公が道半ばで倒れたとき、一般的なゲームのように「GAME OVER」と無機質な言葉が表示されたら、プレイヤーは一気に現実の世界に引き戻されてしまうのではないでしょうか。興ざめして、プレイを続けるのをやめてしまうかもしれません。
しかし『ドラクエ』の場合は、生き返るやいなや王様に「なにごとだ!」と怒られることで、物語を途切れさせず、プレイヤーの心がゲームから離れる隙を与えないのです。
システム的で無機質な表現を避けることで、プレイヤーを物語の世界に没入させる。これが堀井流の言葉のテクニックの真髄というわけです。
多彩な表現のウラにある厳しい制限
ところで読者の中には「どうして全部ひらがなでしゃべっているんだろう」と不思議に思った人もいるかもしれません。
これは表現上の工夫ではなく、ゲームソフトのデータ容量が少なすぎて漢字が使えなかったからです。
当時の最大データ容量は、ゲーム全体で64KB(キロバイト)、今では写真1枚分にも足りません。使用できるのは、アルファベット26文字とひらがな50文字。濁音や半濁音は記号をひとつの文字として、ひらがなと組み合わせることで表現していました。カタカナは堀井さんが使用頻度が高いと判断した20種類にしぼっています。

堀井流テクニック満載の名セリフをどんどん紹介!
名言2:「まことの ゆうしゃなら ぬすみなど せぬはずだ。」

▲ 堀井雄二『ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとはなにごとだ!』(スクウェア・エニックス、2016年)p.8
これはお城の宝物庫らしき小部屋にいる番兵に話しかけたときのセリフです。
ゲームの本筋にはまったく関係のないセリフですが、プレイヤーとしては彼が守っている宝箱の中身がほしいところなので、心を見透かされたようでドキッとします。
実際に悪いことをしたわけではないのにドキッとさせられる……。プレイヤーの感情をゲームのなかの主人公と連動させることで、世界への没入度を高める演出のひとつです。
名言3:「ゆうべは おたのしみでしたね」

主人公がお姫さまを救い出し、一緒に宿屋に泊まったときにだけ表示されるのがこのセリフ。
読む人の年齢や経験によってイメージするものが変わる、秀逸な言葉選びです。
このセリフについて、堀井さんは本書でこのように述べています。
お姫さまを助けて、お城まで連れていくとき、『DQI』では、ふたりのキャラを同時に表示することは不可能でした。そこで考えたのが、キャラをまるごと、お姫さまを抱えたキャラに差し替えるという方法です。で、実際に差し替えたキャラを見たとき、これで宿屋に泊まる人がいるだろうなあ……と。そして書いたのが、このセリフです(笑)
堀井雄二『ドラゴンクエスト名言集 しんでしまうとはなにごとだ!』(スクウェア・エニックス、2016年)p.11
この宿屋でのセリフも、先述の宝物庫でのセリフも、プレイヤーがどんな行動をするかを予想して、そのとき言われたらドキッとする言葉を選んでいるわけです。
データ量の制限のせいで、ムダなものをなるべく省き、極限までシンプルにした『ドラクエⅠ』ですが、こういった言葉の工夫があったからこそ、ゲーム内の冒険が自分自身のものになったように思えるのです。
名言4:しかし 〇〇は いいました 「いいえ。わたしの おさめる くにが あるなら それは わたしじしんで さがしたいのです。」

最後に紹介するのは、主人公が世界を救ったあと、次の王様にならないかともちかけられたときのセリフです。
『ドラクエ』シリーズでは、プレイヤーが主人公になりきれるよう、ゲーム内でセリフが表示されることはほとんどありません。
そんななか、ゲームの最後に主人公が自分の意思を口にするこのセリフはとても印象に残ります。しかも、王位を継ぐことを拒否し、自分の旅を始めるというとても強い意思です。
もしかしたらこれが、本作の最大のメッセージなのではないでしょうか。このセリフをメタファーだと考えれば「『ドラクエ』という物語はここで終わるけれど、王様という用意された役割ではなく、自分自身の役割を自分の人生の中で探してくれ」という堀井さんからのメッセージだととらえることができます。
これはあくまで推論ですが、メッセージに満ちたセリフであることは間違いないでしょう。
大切なのはセンスではなく受手への"気配り"
堀井さんの言葉選びのセンスやテクニックは、『ドラクエ』というゲームの世界観をつくるひとつの大きな要素になっています。
特別なセンスがないと、多くの人の印象に残る言葉を紡ぐのは難しいことのように思えますが、本書の巻末で堀井さんは、自分の思っていることを正確に伝え、おもしろく読んでもらうためには文章力というより"気配り"が大切だと述べています。
文才やセンスではなく、「どう読まれるか」を意識して、伝える相手の気持ちを考えて書くこと。その"気配り"が堀井流の言葉のテクニックの根底にあるものなのです。
そしてこの"気配り"は、あらゆる創作に必要なもの。「受手はこのときどう思うだろう」と予測し先回りすることで、自分特有の世界観を表現できるのではないでしょうか。